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まだ彩葉のことを諦めることのできない僕は、久しぶりに大学に行った。
すっかり秋めいたキャンパスの中は落ち葉だらけだった。
1年の秋に彩葉が僕に声をかけてくれたあの紅葉の木の下のベンチに僕は向かった。そこに向かえばまた、彩葉が来るんじゃないかと思ったからだ。
僕は三号館の横を通り抜けたところで足を止めた。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなった。それほどに目の前の景色は僕が予想しないものだった。
そこには紅葉もベンチもなかった。
かつて彩葉が僕に声をかけてくれた場所は、「新5号館 建設予定地」と書かれた看板と共に更地になってしまっていた。
僕の脳裏には、いくつもの記憶が蘇る。
僕のカバンに紅葉が落ちてきたとき彩葉が話しかけてくれたこと、彩葉が僕を好きだと言ってくれたときのこと、初めてデートしたときのこと。
彩葉のいろんな表情が蘇ってきた。今も色褪せることはない。
しかし、ここ最近の彩葉の顔がどうしても思い出すことができなかった。
いつ、どこに行ったのかはわかるし、スマホの写真フォルダを見れば彩葉が確かに映っている。
僕の脳裏にいる彩葉は、写真がただ焼き付いているだけで、動かない人形のようだった。
僕は何を見ていたんだろう。
大切にしていたはずなのに、僕は彩葉のことを見ていなかった。
僕は、恋に舞い上がっていただけだった。彩葉の思いが落ちていくことに気づいてあげられなかった。
もっとただ近くにいればよかった。
つきあう前のように、ただカフェで話を聞いてあげる、それだけでよかったのかもしれない。
今になって彩葉が求めていたものが少しわかったような気がした。しかし、それはもう遅すぎることだった。
記憶の中で微笑む彩葉に会うことは、もうないのだろう。
彩葉は、あの紅葉の木がもうないことを知っているだろうか。
もうあの日のように紅葉が落ちてくることはないと知っているだろうか。
冷えた風が枯れ葉をどこかへと舞い上がらせた。
もうあの日に帰ることのできない場所を前に、ただ立ち尽くしている僕を名前も顔も知らない学生たちが追い越していった。
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