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「前に碧斗くんがバイトしているレストランに行ったことがあるんだよ」
休講の合間、時間潰しのために大学のカフェに来ているときに、滝下は話してくれた。
「え? そうなんだ。知らなかった」
「なんかお客さんから注文が違うか何かのクレーム受けててさ、碧斗くんが謝ってた」
「カッコ悪いとこ見られたもんだなぁ」
滝下は首を横に振る。
「そんなことないよ。真摯な態度で謝ってたし、厨房側に戻って、オーダー間違えたっぽい女の子が謝ってたけど碧斗くんが笑顔で応えてるのが見えた。それを見てて『あ、この人いい人なんだな』って思った」
それから数日後が、あの紅葉の木の下で声をかけてくれた日だったらしい。
「こういう人と仲良くなれたらいいなって思った。自分のせいじゃないことでも真摯に向き敢えて、人のためにできる人」
「そんな大したことじゃないけどね」
「でも、私はいいなって思ったんだよ。同じクラスだけど話したことないなー、話すきっかけあればなーって思ったら、あの木の下に碧斗くんがいた」
柔らかく滝下が微笑んだ。思わず僕も微笑み返した。
2年になり、滝下とこうやって話すことが増えた。
基本的には滝下が学校のことやバイトのこと、困ったこと、イラついたことなんかを話し、僕はそれを聞いていることが多かった。
若干、都合のよい男扱いをされているのかもしれないと思ったが、ただ彼女から声をかけてもらえること、彼女と同じ時間を共有できて、彼女が笑ってくれること、それだけで幸せだった。
変な高望みをする気も僕はなかった。
また秋がきて、僕がベンチに座っていると彼女がやってきた。
彼女はどこで拾ったのか右手に紅葉の葉を手にしていた。
「どうしたの?」
と僕が声をかけると、彼女は右手に持つ紅葉の葉で右目を隠すようにした。
「あのさ」
この後、僕の人生史上、最も信じられないことが起きた。
結果から言えば、僕は彼女に告白されてしまった。
もしかしたら何かの罠じゃないかと周りを見渡してみたが、誰かがこの光景を見ている様子もなかったし、いくつもある講義棟の窓からもこちらを覗いている奴らはいなそうだった。
「碧斗くんは私の話をちゃんと聞いてくれるし、一緒に話しているとなんか落ち着くんだよね」
授業の合間に校内のカフェで話したこと、図書館でノートを貸したこと、たまたま遭遇した帰り道で歩いたこと、今までの自分を褒めたくなった。
そして、去年の秋、僕のカバンに落ちてきたあの紅葉の葉に心から感謝した。
こうして僕は滝下彩葉とつきあうことになった。
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