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「なんで、ここに……?」
自分で声が震えていることがわかった。
「面接早く終わったんだ。碧斗は今日はバイトの日のはずだなって思って、面接場所が同じ路線だったからここまで来た」
「言ってくれればよかったのに」
「さっきLINEしたよ?」
表情の見えない彩葉が言った。
「あれ? ……見てなかったかも」
鷲見と話をしながら適当にスマホを触っていたので、彩葉のLINEをちゃんと読めていなかったのかもしれない。
『面接早く終わった』
『今日バイトだよね? そっちの駅まで行くよ』
取り出したスマホには既読がついていた。
「で、いざ来てみたら、女子高生となんか一緒にいるとこ見ちゃってさ」
背筋に氷柱が差し込まれたような気がした。
僕は悟った。彩葉は鷲見といる場面を見たのだと。見た上でその場面に声はかけず、この階段まで引いたのだ。
「もうヤダ、ヤダ」
彩葉は身を翻し、階段を登り始めた。僕は慌てて彼女を追いかける。
「ごめん、彩葉。でもあの子は、鷲見とは何でもないんだよ。ほら前に話した勉強教えてる子ってだけで」
ホームの上に着いてから僕は彩葉の右肩に手をかける。
「おわびにこれからゴハン奢るから。桜木町に出来た新し……」
彩葉は肩に乗せた僕の手を振り払った。驚き、呆然とする僕に彩葉は言い放った。
「そんなとこ行きたくない!」
僕は彩葉の言葉が意味するものがわからなかった。
「なんだよ? じゃあ、この前おいしいって言ってた葛切り豆腐の……」
「私は奢ってほしいわけじゃない!」
「じゃあ、どうしたらいい? ていうか、鷲見には勉強を教えてただけだって……」
「あの子に勉強を教えてたことを怒ってるんじゃない!」
じゃあ、彩葉は何を怒っているんだろう。
「……言ってることの意味が」
「私は! 別におしゃれなお店だとか映える場所なんかじゃなくっていい! 私は、私は……碧斗と一緒にいたかっただけなのに!!」
その声に僕は黙り込む。彩葉の睫毛が水平に並ぶ。
「もう別れよう」
僕の両肩に何が乗ったというのか。突然の一言は、重く、冷たかった。
「……なんでいきなり」
「いきなりじゃない!」
彩葉が叫ぶ。
「私を見てくれてるのか、もうわからない! 私の気持ちなんて考えてくれてないよね? どこか流行りの場所とかそういうことばっかりでさ」
だって、僕は彩葉に笑って欲しかったカラ。
その言葉が喉から出る前に彩葉が言葉を続ける。
「最近は、私が話してたってどこか上の空だよ。LINEの読み忘れだって今日だけじゃない。ちゃんと話を聞いてくれた頃の碧斗なんてもういないんだね」
「そんなことないよ。オレはいつでも彩葉のことを考えてるよ!」
「じゃあ最近の私が、どこに行ったときどんな顔をしてたかわかる? どんな思いで、どんな言葉を言ってたか考えてくれたことある? だんだん私の気持ちが落ちていったこと気づいてた?」
「え……それって……いつから?」
『まもなく二番線に――』
いつから?
その質問の声は電車の到着を知らせるアナウンスにかき消されたのか、彩葉は答えてくれなかった。
「もっと碧斗を知りたかった。もっと私を見てほしかった。でも、それはもう無理だってわかった。だから別れる」
彩葉は僕に背を向けた。
電車がホームへ到着し、彩葉は何も言わず乗っていった。
すぐに届く距離のはずなのに、電車のドアが閉まり、電車が動き出すまでの間、僕はそこから動くことができなかった。
彩葉は一度も振り向くことはなく、僕の視界から消えた。
僕は、ただ彩葉に笑って欲しかっただけなのに。
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