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第七話 止まれ(前編)
* * *
ある男が夜道を歩いていた。
男が歩いていると後ろから視線を感じていた。男は、振り返ることができずに、歩みを進めていく。呼吸を荒くさせながら、電柱の下までやってきた。
後ろを振り返ると誰もいない。
おかしい、男はそう感じずにはいられなかった。
真っ暗な向こう側を見ていると、男は誰かがいるかのように、ぐにゃぐにゃと視界が曲がり始めた。
遠くを見るのをやめて、走り出す。
十字路にやってきて、息切れをしていると、後ろからボソボソと声が聞こえてきた。恐怖が頂点に達する時。
なんだか、コーヒーのいい匂いがして、そっちへ目を向ける。そっちへ目を向けると、見たこともない喫茶店があった。
「なんだ、これ」
『狐狗狸の喫茶店へようこそ。悩みごとがあったり、食事したいときはぜひきてください』
と書かれてあった。
行かずにはいられなかった。ここで、行かなかったら殺されるかもしれない。
そんなのは嫌だ。
男は足を進めて、ドアを開けた。
* * *
ドアを開けると、そこにはコーヒーの匂いが染みついた店内があった。この喫茶店に違和感を感じた。そう、その違和感は、全部窓が付いていないことだった。
「ようこそ狐狗狸の喫茶店へ。何を悩んでいるんだ?」
喫茶店のオーナーこと餓狼がそういった。男は呼吸を荒くさせながら、泣きながら叫んだ。
「う、うあああああ!」
みっともなく泣いていると、狐々丸と灯狸がやってきた。餓狼はコーヒーを差し出して、飲むことを薦めていると、男は泣きながらコーヒーを飲んでいた。
「う、う」
「名前はなんていうの?」
狐々丸が問いかけると、男は泣きじゃくりながら答えた。
「有栖川、有栖川翔太郎」
「翔太郎さんはなんでここにきたんですか?」
灯狸が聞くと、翔太郎はさっきの恐怖を思い出してまた泣き出してしまった。
「実は、一ヶ月前に自殺があったんです! お、俺の会社で!」
「会社で自殺?」
餓狼が眉間に皺を寄せて聞いた。狐々丸はサンドイッチを作っていた。翔太郎はこくこくとロボットのように何度も何度も頷いていた。餓狼が「詳しく」と言っていた。
「俺、自殺しないように頑張って仕事とか、定時で帰れるようにしていたんです。それなのに自殺が起きて、ブラック会社だからじゃないかとか、それで調査が入ってきて」
「狐々丸」
「了解っすー」
狐々丸がサンドイッチを渡した。翔太郎はどういう意味なのかわかっていないらしく、サンドイッチを頬張りながら首を傾げていた。
「俺が、女装してお前の会社に潜入して、正体暴いてやるよ」
狐々丸が腕を組んでいうと、翔太郎が立ち上がっていった。
「本当ですか!? じゃあ、ストーカー事件とかも!」
「ストーカー事件って具体的に言ってほしいですね」
翔太郎は目を伏せていった。
「ずっと朝から晩まで見られてるんです。女か男かわからないんですけど、ずっとずっと見られてて、携帯にもメールがきてて」
男が携帯を見せた。
『止まれ、止まらないと殺す』
怪文章の如く意味不明な言葉、翔太郎はえぐえぐと泣きながらいう。
「もうどうしたらいいんですか!!」
「あー、それも調査したらわかるんで黙ってくれます?」
「はい」
しょんぼりとして黙ってサンドイッチを頬張る翔太郎を見ながら、灯狸は狐々丸に聞いた。
「餓狼さん、狐々丸さん、いいんすか?」
そう灯狸が聞くと、狐々丸が笑いながら言った。
「そのストーカーは止められると思うよ。ただ、俺が出社している間の話だけど」
翔太郎はすごく喜んでいた。餓狼が狐々丸の肩を組んで耳元で言った。
「絶対報告だけはしろ」
「了解」
次の日、起きると翔太郎は道路で眠っていたらしく、警察に職質されていた。
「ここで何しているの?」
警察に問いかけられ、翔太郎は慌てて、喫茶店があったところへ指差す。
「そこに喫茶店があって、そこで相談を」
「ここに喫茶店なんてないよ」
「えっ?」と思いそっちへ目を向けると、喫茶店は本当になくなっていた。驚いてあたりを見渡していると、そんな店一つもなかった。そりゃあそうだ、あの十字路で不自然な店がある方がおかしい。
「夢?」
「翔太郎さん、出社の時間ですよ」
後ろから凛とした声が聞こえてきた。後ろを見ると、女性が立っていた。その女性は見惚れるくらい美しかった。
女性はにこやかに微笑んで翔太郎の耳元で言った。
「狐々丸だよ。助けに来たんだから、さっさと会社教えてください」
狐々丸という言葉を聞いて、はっと我に返った翔太郎は、警察官に頭を何度も下げて飲んでいたということにした。
そして、警察から解放されて、やっと職場へと向かうことにした。
地下鉄にやってくると、男性や女性が狐々丸のことを見ていた。狐々丸は美人で周りに羨まれるくらい美しかったのだ。
「狐々丸さ、ん。近いです」
「仕方ないっしょ。電車なんだから」
満員電車なのは仕方ないが、翔太郎はすごく緊張をしていた。狐々丸はビクッと体を硬直させた。お尻を触られている感触に気づき、手首を捻り上げて、床に叩きつけた。
「全く、最低だな。女性の尻を触るなんて」
「いったい! 俺じゃねー! やめろー!」
「指紋検査する?」
その言葉を聞いて、黙りこくってしまった犯罪者に、次の駅に辿り着いて、駅員に送り届けた。
そして、大きな会社に辿り着いた。会社はすごく広々としていて、設備が充実されてあった。
会社の社員説明するため、社員を集めて狐々丸のことを紹介し始めた。
「この人は、派遣会社の一人で、えーっと」
「春川琴って言います。みなさんよろしくお願いします!」
微笑んでみせると、男性陣は惚れているようだった。その惚れている様は、まるで妖狐が人間を化かして騙している様を彷彿とさせる。女性は嫌っているようで舌打ちをしていた。
「新人のくせに」
「そういう子に限って遊び癖が多いのよねー」
とかいう声々を聞いて、狐々丸はニッと笑って何か勘づいたようだった。
翔太郎の父親が、とある男に頼んでいた。
「では、聞きましょう。有栖川寿郎さん」
寿郎は険しい表情をしながら答えた。
「実は、翔太郎の会社で自殺者が起きたんです。それが、一ヶ月前なんです」
「なるほど」
男は相槌をうった。
「その一週間後にストーカーらしき人物が現れたらしいんです。それで警察使って調べてもらったんですが、ストーカーらしき人物はいないと。翔太郎が住んでいる家はビルで、オートロックじゃないと入れないので、もうこれは幽霊かと」
男は、黒い髪にバンダナを巻いており、鋭い目をしていた。服装は黒いロングコートをきていた。
少し考え事をしているらしい。
「一服いいですか」
タバコを取り出して、聞いた。寿郎は「はい」と返事を返した。
男はタバコを咥えて火をつけた。周りに煙が充満しきってから答える。
「それは悪霊化している可能性が高い。このままだと翔太郎さんは死ぬかもしれない」
「そんな!」
寿郎は大声をあげていうと、男はタバコを咥えつつ微笑んだ。
「大丈夫」
その言葉には安心感があった。
「この芦屋松葉に全てお任せを」
笑顔から真剣な眼差しで。
「心配いらないですよ。ただの悪霊なら、こちらの得意分野ですから」
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