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「離、して」
きっと、気付いてしまった時点で、私は『負け』ていたのだ。
私のなかの狂気が、どんどん削られていくのを感じていた。
それでも衝動のままに、条件反射で男を見る度に、とにかくひたすら攻撃を仕掛けないといけないと、暴れて、憎んで、何も考えずに突っ走り続けて。
気付いてた、彼が私に害を与える気が無いことに。
気付いてた、私がどれだけ彼を憎もうと、彼の瞳は変わらない優しさを向けていたことに。
気付いてた、『責任者』だという彼は、加害者とは別人であるという事実に。
気付いてた、彼が私の憎しみを煽って、狂気を自分に向けるよう仕向けていたことに。
本当は頭の片隅で気付いてた。
でも気付かないフリをしていた、流される方が楽になれたから。
それで助けられていたから。
私はこれでいいのだと、このままでいたいのだと、思ってしまっていたから。
「離したくないなぁ」
それは、『離して』という私の訴えへの返答だとわかっている。
けれど、今の私には、それだけの意味には聞こえなくなってしまっていて。
「困る」
「困ってるの?」
私がこくりと頷くと、彼は少し体を起こした。
けれど私は、捕えられたまま、動けない。
「そんなに睨んでると困ってるようには見えないね」
「動けないようにされて、困らないはずがないんだけど」
「まぁ、それをまず仕掛けてきたのは君なんだけどね」
首に指が触れ、つぅ……と撫で上げる。
噛みつこうとすればサッとかわされて、顔を向けた反対側の首にまた、触れるだけのキスをされる。
この男、私の行動先読みして釣ったな?
腕が動くならビンタしたかった。
「もうちょっと楽しんでいたい……とも思うんだけど、一応用があって来たから、そっちを優先するよ。続きはまた次回ね?」
「……用?」
「そう。バナナジュース、飲む?」
会話の流れから全く外れた場所から、ボールが後頭部を直撃してきたような。
そんな言葉に、私の中の全ての思考が止まる。
「……は?」
渾身の、間抜けな『は?』という言葉がこの部屋にポツリと響き、私の脳内もそれ一色になった。
それより前の会話や考え事が全て抜け出してしまったような、衝撃感。
まって、今ちょっと脳内シリアスな雰囲気が流れてたはずだったんだけど。
え、なに、急に?
今、バナナジュースって言った?
どこから出てきたのそれ?
「は?」
「二度言ったね」
爽やかな笑みを浮かべてそう言う男は、さっきまで甘ったるいキスを私のあちこちに落としていた男。
「既に作っちゃったからさぁ、すぐ飲んでもらいたいんだけど」
「……は?」
「三度目だよ?大丈夫?」
なんの罠なのかと、疑ったくらいだ。
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