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彼の表情が消えるのは、怒った時や、集中している時。
他の人へ向けた顔なんてほとんど見たことがないけれど、その8割くらいはいつも私に笑みを向けているので、無表情というのが珍しくて、逆に見入ってしまう。
今の流れで、怒る要素があっただろうか……?
じっと私を見つめ、その視線がバナナジュースに向けられた時、思わずグラスを握りしめて自分の方へ少し寄せてしまっていた。
本当に、思わず、『あげない』というように。
少し子供っぽかっただろうか、いやしかし……さすがに残りを奪い取られることなんてないか。
頭ではそんなことするはずがないとわかっていても、つい出てしまう行動というのはあるものだ。
小さな小さな、私の独占欲。
どれくらい経っただろうか、はぁ――という大きな溜め息を吐き切った男は、顔に片手を当ててダイニングの椅子に座る。
ちなみに、この広い部屋にはダイニングテーブルとはまた別でこのソファーがテレビの正面に置かれていて、くつろげる空間になっている。
そのダイニングテーブルに片肘を立てて体をこちらに向ける彼が、顔に当てる手の隙間から私の瞳を射る。
「ほんと、なにそれ」
「……なにが」
「ツンデレ」
つん、でれ。
頭の上を一周するようにその言葉が泳ぎ、理解と共にゆっくりと頭の中に馴染む。
つんでれ、の意味は解っているつもりだ。
『べつに、好きなんかじゃないんだからね!』みたいな、『勘違いしないでよね!』みたいな、なんかそういうやつだ。
なんか妹キャラみたいな子に多いみたいな……偏見だけれども。
べつに、べつに、というお決まり文句がある印象しか浮かばない私にとっては、意味が解らない。
この男がその言葉を急に口に出した意味は、理解出来なかった。
私は『べつに』なんて言っただろうか……?
それとも私の知っている『つんでれ』とはまた別物なのだろうか……?
「ほんと、いつも口悪いのにたまにこう……はぁ」
そしてまた、ため息を吐かれる。
大丈夫かこの人、正気か?と怪訝な顔で彼の動向を見ていると、立ち上がった彼がこちらに向かってくる。
思わず、バナナジュースの入ったグラスにキュッと力を込めると、男は苦笑いした顔で私の正面に立つ。
この男の動きが読めない。
そう下から見上げて警戒していた私の頭に手が伸びて、さわさわと頭を撫でた。
「おいしかったなら、作った甲斐があったよ」
今度はその手がぽんぽんと頭に触れ、離れていく。
キッチンに向かっていくその背を眺めながら、私は無駄に緊張していた体の力をふっと抜いて、また一口それを口に含めて甘さを楽しむ。
なにを、『期待』していたのだろうか。
『期待』だったのだろうか。
そんな自分の気持ちも、まだよくわからないまま、バナナジュースを飲み終えた後はまた部屋に篭った。
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