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「冷蔵庫の中に入れてるよ」
キッチンの入り口の壁にもたれかかった彼にそう教えてもらい冷蔵庫を開くと、飲み物を入れられるスペースにプラスチックカップに入った飲み物が入っていた。
カップを取り出し、キッチンから出ようとするけれど、男の横を通る必要があるけれど、じっと見られている為に少し気まずく感じる。
そんな彼の視線から逃げるようにそそくさと前を通り過ぎてしまおうと思ったけれど、スッと目の前にストローを差し出されたのでそれを受け取った。
「……どうも。……???」
受け取った、はずだった。
ただ、そのストローの先にある手が離されない為に、受け取ることが出来ない。
「手、放してよ」
このまま引き合っていたらストローが潰れるじゃないか。
何を考えているのかさっぱりわからない彼に、つい視線を上げて睨みつけてしまう。
すると、やはりいつも通りの緩やかな笑みがこちらに向けられていて、足を一歩引いた。
この絡みつくような笑みは苦手だ、甘ったるい、逃げたい。
すると私の手からするりと抜けていく、ストロー。
あ……っと思ったときには彼の手の中にあるストローが、私の持っているカップにプスリと刺し込まれ、唖然と手の内を見つめることしか出来なかった。
わざわざ差し出したのは、自分なのに……。
ふっと息を吐くように笑う声が聞こえたと思えば、今度はその藍色の後頭部が視界に入り、ストローを口にくわえるわずかな振動を手に感じる。
目の前にはサラリと流された藍色の髪、行動の読めない男に対応しきれていない鼓動の音がどくどくと鳴って、消えてしまいたくなる。
すぐに口を離して体を起こした彼の顔が私の目の前で止まると、酷く近い距離で、またその瞳と唇が三日月を作る。
「なにしてんの」
「うん、酸っぱいね」
「……わ、わたしの」
顔を傾けて向けられる笑みに囚われていた私は、首の後ろに回された手に気付きもせず、ただ固まっていた。
その指先が項をすっ……と撫で、脳内で『緊急事態』の赤色が点滅する。
ぴくっと緊張に上がる肩、振り払おうかと思えば手にはミックスベリーのジュース。
冷静に考えれば片手で持てばもう片手は空いたのだけれど、そんなことも考え付かないほど頭の中は真っ白になっていて、カップを両手でぎゅっと握る。
「この前はくれなかったから、先にもらっちゃった」
この前……?
はっとして思い出すのは、数日前のバナナジュースの一件。
この男、あの時のことを根に持っていたのか?
彼が作ったバナナジュースなのだから、自分で作れるだろうに。
「可愛いと思うよ、そんな小さな独占欲も」
「……」
「俺が横からかっさらいたくなる」
その言葉にまたカップにきゅっと力を込めるけれど、「ジュースのこと言ってるわけじゃないよ」とまた笑う彼に、また頭の中が混乱する。
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