一章 🏥 1 🔪🔪🔪

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ご丁寧に後片付けをしてくれたあの男は、マグカップと炭酸飲料の入ったグラスを持ってくると、ベッドの前にある机にマグカップを置いた。 湯気に乗ってふんわりと、嗅ぎ慣れた甘い香りが鼻に届く。 「ココア、飲むでしょう?」 「………………飲む」 ベッドから降り、ご丁寧にミルクを入れて猫舌の私にはちょうどよく冷まされたココアを一口含めば、もう、なんだって良くなってしまう。 この、濃厚でありつつトロリとした甘さが広がる意味のわからないくらい美味しいココアを淹れたのがこの男だってことも、私はこの男を殺さなければいけないのにこんなに馴れ合ってしまっていいのだろうかってことも。 この味を失うのは……惜しいと感じてしまうことも。 「なんで……殺そうとしてる相手に、ココアなんか……」 「でも、好きでしょう?」 「……」 「もう淹れないほうがいい?」 「…………好き、だし。これだけは」 ふふっと笑われ、机に頬杖をついてこちらをふんわりと見てる視線から、逃げ出したくなる。 始終ずっとその瞳だ。 そこだけは猫のような鋭さを感じない、けれど、甘えてくる時は猫のよう……。 彼もグラスを持ち、炭酸飲料をゴクッゴクッと飲み込むその喉仏に、視線が移る。 女の自分にはない、その突起が上下する様は、最近目を奪われるようになった場所。 彼を把握して、探るために観察しているうちに、いつしか目を奪われる仕草が増えてきたのだ。 ぼーっと、グラスから離れたその柔らかい唇が弧を描くのを視界に映しながら、視線がゆるゆると落ちていくのを感じる。 ふわふわする、気持ちがいい、瞼が重い、頭の奥が思考を止めて、誘われる。 目の前の男はいつの間にか視界から居なくなっていて、代わりに私の膝裏と背中に回された腕が私を持ち上げる。 ふわふわとした腕の中、彼の肩に頭を預け、すぐにでも楽になりたい気持ちに少し抵抗する。 「落ちていいのに」 そう聴こえるけれど、この男の中では落ちたくない。 目を擦り、睡魔との攻防も虚しく、私の意識は彼の腕の中にいるうちに、途絶えた。 次に目が覚めた時、お昼を過ぎていた。 「また……?」 また、あの男の前で……というか腕の中で、いつの間にか眠ってしまっていた。 まだ頭の奥がずぅんと重く、眠気が残る。 13階にあるこの部屋の窓には、青々とした空を隠すようなうろこ雲が秋を告げていた。 私がここへ住み込み始めた夏は、終わっていた。 ぽっかりと空いた心の穴は依然埋めきらず、チクリと痛んだ気のする腹部を、柔く撫でた。
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