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「また、殺せなかったよ」 空を瞳に映し、その呟きが静かな部屋に響く。 シンプルなベッドとクローゼットの中の服以外、この部屋には何も無い。 私が、何も持たずに家を飛び出してきたから、私物なんてなにも持ってきていないのだ。 『出ていくのは自由だけど、そうしたらここはオートロックだから、戻って来れないからね』 『君へ与えるチャンスは、この一度きりだから、よく考えて』 自分の意思でここへは来たけれど、軟禁状態でもある。 私はこの部屋に来てから、一度も外へは出ていない。 戻って来れなくなったら、アイツを殺せなくなるから。 そしたらこの煮え滾るような殺意は……どう対処しろというのか。 私はその方法を知らない、別の人にぶつけてしまうかもしれない、あるいは自分にぶつけるかもしれない……。 いや、自分にもぶつけはしてた、最初の頃は。 後悔の念に駆られ、頭部を掻き毟り、頭を割りたいような衝動に駆られ壁に頭突きをかまし、机の上にある物ごと蹴り飛ばした。 打撲痕は数日もすれば治ってしまう。 でも一番発散出来たのが、ぶつかることやぶつけることだった。 それでも足りなく感じた私は、あの日、外へ出て歩道橋へ登った。 死ぬ気という訳では無い、ただ傷付きたかった。 心の傷を忘れてしまえるくらい、体を傷付けて痛み付けて、忘れてしまいたかった。 その場所で。 『あの子』がまだ居た時の、その場所で。 『あの子』を失った時の……その場所で。 私は階段の上から、下を見下ろした。 ひと息、ついて、ただ下だけを見つめて。 手摺りから手を引き、一歩、踏み出そうとして──。 腹に一瞬腕が回ったのが見えた直後、強く後ろに引かれ、その人と共に歩道橋の上で座り込んでいた。 それが『この家の主』だった。 呆然と、体を強く引かれた時のその体勢のまま、私を引いたその腕に視線を落とし、階段の下へとまた視線を落とす。 自分が何をしようとして、何が起きて、なぜ私はまだあの階段の下に転がっていないのか、ゆるりゆるりとした思考回路が、現状を把握しようとする。 『責任者、だよ』 後ろからそう投げ掛けられた言葉の意味も理解することが出来ず。 ゆるりと振り向けば、藍色の柔らかい髪の隙間から瞳が覗く。 その視線と絡み合うと、なぜだか逸らせなくなった。 逸らしたく、なかったのかもしれない。 『責任者……?』 彼に返せた言葉といえば、それくらいで。 責任者というのが何を指しているのかも、わからなかった。 『君の大事なものを奪った奴の責任者、俺』 『……は?』
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