かみさまのこども

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『愛しき我が子よ』  常に太陽を背に負った逆光により、決して顔を見せる事の無い親は、手にした錫杖を、ひとつ、しゃらんと鳴らすと、厳かに告げた。 『お前が生まれてかなりの年月が過ぎた。だが、お前はこの天上だけで過ごしてきたせいで、地上の人間達の事を、何も知らぬ』  しゃらら、しゃらら。鳴かせながら大回りに振った錫杖が、びしりとこちらを指し示す。 『行け、地上へ。そして見極めるが良い。お前が我が跡を継いだ時、人間は守るに値する者達であるかを』  言い終わるが早いか、足元が消失する。  蒼天に投げ出された身体は、落ちて、落ちて……。 「……大丈夫?」  家に連れ帰り、衣を替えて布団に横たえていた少年が、酷く汗をかきうなされていたので、唯香はたまらず声をかけ、手布で汗を拭ってやった。  すると、悪夢に囚われていたのではないかという少年は、呻くのをやめ、ゆるゆると、目蓋を持ち上げる。その下から現れた瞳も、髪と同じ空の色であった。 「ここは……?」  思った以上に高い声が、鼓膜を打つ。ぱちくりと瞬きを繰り返す少年に、唯香は場所がわからないのかと訝しみながらも、空から落ちてくるような子なのだから、と己を納得させる理由をつけて、答えを返した。 「加羅川国の泰廉村(たいれんむら)よ。貴方は空から降ってきたの」  空から。少年が口の中でぽつりと反芻するのを見届けると、唯香は胸に手を当て、笑みを浮かべて自己紹介する。 「私は唯香。貴方の名前を教えて?」  ユイカ。天井を見上げながら少し抑揚の違う呼び方をして、少年はおもむろに身を起こすと。 「ヨギ。我の名前はヨギだ」  と、幼い少年にしては堅苦しい口調で名乗った。 「ユイカ。そなたが我を救ってくれたのか。心より感謝する」 「そんな窮屈な喋り方をしなくて良いのよ。もっと子供らしくなさいな」 「我は子供ではない。百五十年生きている」  村の最長老でさえ、只今御年八十五だ。人は百年以上生きる事などあり得ない。  酔狂な子供なのか、それとも本当に人の輪の外にある者なのか。判断がつかないままながらも、まずは気持ちを落ち着かせるのが先だと判断して、唯香は傍に置いていた盆に手をやる。 「とりあえず、食べられるようなら、何かお腹に収めて」  麦粥の皿を匙と一緒に渡せば、少年は不思議顔でそれを受け取る。順手で匙を握ると、粥を一口含んだ。  よく味わって、呑み下し。 「…‥美味い」  と、惚れ惚れしているかのような声が洩れる。 「こんなに美味い食事を作れるとは、そなたは天才の料理人か?」  あまりの賞賛に、唯香は目を瞠った後、ころころと笑い転げた。 「これはただの、どこの家でも作れる麦粥よ。私が天才なら、加羅川どころか世界中の人間が天才料理人だわ」 「そ、そうなのか」  済まなそうに狼狽える姿は、年相応に見えて愛らしい。ヨギは顔を赤くしながら二口目を掬おうとし、「ところで」と、唯香の背後に目をやった。 「そこにいる者は、仁王か何ぞか?」
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