消えた少女たち

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消えた少女たち

『連続神隠し事件の速報が入りました。昨夜未明、東京都✕✕区にて、再び7人目の被害者が出ました。被害者は17歳の女性で、学校から帰宅しない少女を心配した家族が学校に確認したところ、少女は既に下校した旨が伝えられ、事件が判明したとのことです』  滑舌の良い女性の声が、画面越しに静寂な空間へと響き渡っていた。テレビに映る女性の声の他には、ソファで眠る一人の男の静かな呼吸音が小刻みに聞こえてくるだけである。  先ほど事件の速報を放送していた画面は、もはや事件に関するディベートへと切り替わり、関係者や専門家による意見交換が取り上げられていた。 『神隠しなんていいますけど、犯人は絶対にいるわけです。それを神隠しなんて不思議な響きに言わせることで、この事件が怪奇的なものであると人々が誤解しないかが懸念です。事件を引き起こした犯人は人間です』  画面の中で、髪をオールバックにした渋めの男がそう述べる。腕を組む男の横には、「元警視監 九条 泰道(くじょう たいぞう)」という人物紹介テロップが写し出されていた。  すかさず、元警視監の発言に別の男が異議を唱える。今度は年配の男で、薄毛の目立つ肥えた老人だった。テロップには、「妖怪学専攻 教授 道貞 春彦(みちさだ はるひこ)」と紹介されている。 『ああ、いやだいやだ。頭の固い糞真面目め! これだけ捜査が難航しているのも、被害者がまるで神隠しにあったかのように証拠も残さずきれいに消えているからだろが! 神隠しだ、これは紛れもなく!』 『道貞教授、やめてください。テレビですから。ほら、スマイルスマイル!』  道貞と呼ばれた老人にテレビのMCがつかさずつっこんで、スタジオは笑いに包まれる。  再び、元警視監という男が口を開きかけたとき、テレビが真っ暗に染まった。  今度は画面の外から、幼い声が怒り狂ったように発せられた。 「全くこいつら事件を本気で解決するきあんのか? 事件はバラエティーじゃないんだぞ」  声の主は、リモコンを机の上に放り投げると、ソファで眠る男の上にぴょんと飛び乗った。 「壱月(いづき)! 壱月! 起きろ! 馬鹿がこっちに来る前にパーっと遊びに行くぞ!」  ピョコピョコと黄色いふわふわの耳を揺らしながら、愛くるしい顔をした狐が男を揺さぶる。だが、肝心の男は一向に目を覚まさないようだ。 「壱月ー!」 「……………………」 「壱月!! ったく! 一旦寝たら本当起きんやつやな!」  そういうと、狐は壱月と呼ばれた男の顔に抱きついた。  ふわふわの毛並みが男の顔を覆い尽くし、下の男は当然苦しそうなうめき声を上げ、遂にガバッとその上半身を起こした。その反動で狐がソファから転がり落ちる。 「っ!! おまえは! ーーっ! この起こしかたやめろつってんだろ!……………………………………大丈夫か?」  半分息を切らしながら男が狐に文句を言うが、最後には心配しながら狐を抱き抱える。 「壱月!! おはよう! とにかく、早く遊びに行こや! じゃないと、馬鹿がやってくる! 僕、あやつは嫌いや!」 「………………どの馬鹿だ? あいにく俺の知り合いは馬鹿ばかりだ」 「僕が嫌いな馬鹿!」 「おまえが嫌いなやつも多すぎるだろうが」 「壱月以外の人間は基本的に嫌いやもん!」 「………………」  前足を自身の胸元にポンポンと叩きつけながら抗議する狐を、壱月が優しく撫でる。狐はそれに嬉しそうに尻尾を揺らし、男は優しい顔をしながら撫でるのを続けた。  うっすらと暗い木製の建物の内側には、カーテンの隙間から太陽光が入り込み、その光は男の銀の髪に反射し、キラキラと輝きを放っていた。  なんとも穏やかな空気が流れ、男と狐の目蓋が下がっていくー。 「暖かいな」 「ね!」 「こんな日は……」 「眠くなるなぁ…………」 「…………………………おやすみ」  男が再びソファに背をつける。 「おやすみぃー」  男の腕に抱かれながら、狐も寝る準備に入ったーー。 「いや! おやすみじゃない! おやすまない! 起きて! 壱月! 寝るの好きでもいいから、とりあえずお外に行こう! 寝ピクニックしよ!」  ガバッと起き上がった狐が、再び男を起こす体制に入る。  何を隠そう、この一匹と一人は、同じやり取りを毎週のように交わしているのだった。  そして、しばらくたったころにチャイムが鳴り響くのもまたルーティンの一貫だ。 ピンポーン  今日も今日とて、男を起こすかのようにチャイムが鳴り響く。そして、いつものように狐が全身の毛を逆立たせて、玄関を睨み付けるのだ。 「来やがった!」 ピンポーンピンポーン 「うざ!」 ピンポーンピンポーンピンポーン 「きも!」 「………………華雪(かせつ)。出てくれ」 「いやや! 僕は出ない! 壱月も出なくていいじゃん!」 ピンポーンピンポーンピンポーン 「……………………」 「……………………」 ピンポーンピンポーンピンポーン ピンポーンピンポーンピンポーン 「うぜぇ!!!!」  鳴り響くチャイムに、とうとう壱月が起き上がり、勇み足で玄関へ向かう。  そして、勢いを殺さずそのままドアを開け放った。鈍い音が外から鳴り、続けて男のうめき声が聞こえてくる。 「っ! わざとですよね」 「チャイムを連打するな! 非常識だろうがっ!」 「居るのに居留守する方が非常識では?」 「怪しいやつや危険なやつに警戒して何が悪い」 「私とあなたは知り合いでしょう。そういう意味でまず、怪しいは当てはまりませんよね? 続けて危険なやつとのことですがー」 「……用件はなんだ」 「今後、私がチャイムを鳴らしたら3回以内に出なさい。用件は、とりあえず中に入ってから話しましょう」  壱月が舌打ちをしながら、来訪者を見上げる。先ほどテレビに写っていた男の姿がそこにはあった。
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