消えた少女たち

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 連日、東京都のとある1区で人が突然姿を消す事態が立て続けに起こっていた。被害者はどれも若い女性たちだった。  だが、テレビでは報道されていない情報というものもある。それを壱月の元に持ってくるのが、九条泰道という男だった。  テレビで紹介されていた通り、男は、元警視監を勤めていたいわゆるキャリア組の一人だったが、今はジャーナリストとして活動しながらテレビにも出演している。182もある偉丈夫に、黒髪をオールバックにした堀の深い顔は、世間では女性の人気を集めているという。  そして、彼が呼ばれる番組が怪奇事件を扱うものであることも、世間から高い支持を集めていた。とあるアンケートによると、「現実主義者にしか見えないのに、怪奇事件の解決にいつも携わっているのがギャップ」らしい。  本人には怪奇的な力はないと本人自ら公表しているが、それにも関わらず事件が全て怪奇的なものであるわけには、一人の男の存在があった。 「それで、今回もご協力をお願いします、自称怪奇現象探偵のスペシャリスト、壱月さん」 「…………その呼び方やめろ」 「そうは言っても、私は怪奇的な存在は全く信じていません。きみが怪奇的と言われる事件を解決しているのは、警察顔向けの推理力があるからだ。違いますか?」  違わないだろう、とは言葉にしないが、男の目は、異論は認めないと、そう強く物語っている。それに壱月はため息をつきながら、軽くあしらっていた。  壱月とて、自身が見えているものを否定されるのはいい気はしないが、正直なところ、目の前の男にどう思われようがどうでもよかった。  壱月は人には淡白だった。基本、人にどう思われようが興味がない。  だが、相棒の華雪はそうではないようで、壱月が周りから異常な存在に見られることに心から腹を立てるのだ。  以前、華雪が自分がしゃべる姿を見せることを提案したことがあった。華雪はいわゆる怪奇的な存在だ。その存在は怪奇的なものを信じない人間には本来認知されない。それでも、本人が自ら姿を見せることを強く願えば、九条のような正反対の存在に自らの存在を見せつけることも可能なのだ。  だが、壱月が華雪の提案を嫌がったのだ。自分たちを否定する存在に華雪を晒す必要はない、と。  不必要な主張で華雪が危険に晒される方が嫌だ、と。  それ以来、九条がやって来ると、華雪は姿を消して壱月を見守るようになった。  もちろん、姿は表さない。だが、おとなしくしている、というわけではない。 「一回きみに病院を紹介したいと思うのですが、どうです? ああ、心配はいりません。私が車を出しますよ」 ガタン! 「…………急にコップが倒れましたね。机が傾いているのでは?」 「………………」 バシャッ! ビシャ! バシャッ! 「……普通水は下に流れると思うのですが、どうして私の服に飛び散るのでしょうか?」 ビュン! 「………………ついにコップが飛んできましたか。避けますけどね」 ガッシャーン!  壱月が馬鹿にされると、姿を見せないことを良いことに数々の嫌がらせを行うのだ。九条にお茶はもったいない、と壱月が水道水を入れたコップを尻尾で倒し、こぼれた水を尻尾で九条目掛けてはねやり、しまいには尻尾でコップを投げつけたのだ。机で暴れる華雪に呆れながら、壱月が九条に話を促す。 「どうせなにかと理屈づけを行っているんだろ?いいから、さっさと用件を話せ。家が壊れる」 「水が飛び散ったのは、暖かい油を机に塗っていたからですか? 水蒸気爆発。全く義務教育がこんなくだらないいたずらに使われるとは呆れた。コップが飛んできたのは、ミスディレクションの応用」  見当違いのそれらしい推理をする九条に、壱月がパチパチと拍手をする。  ここまで現実主義を貫くとは、もはや感嘆ものだ。怒りで毛を逆立たせて、さらなるいたずらに着手しそうな華雪を抱き抱えながら、壱月が九条に話をふる。 「もういちいち嫌みや名探偵顔向け(笑)の推理は結構だ。とっとと用件を話せ」 「きみ、その手はーー」 「今すぐ用件を話さないなら協力はしない」 「チッ。いいでしょう。私はあなたの可愛らしい演出を見破るのは好きなんですがね。まるで幼子の悪意を咎めるみたいで楽しいですよ」 「俺が幼稚園児のときは、意地悪で石頭の大人には警戒していたがな」 「………………きみ、クールに見えて負けず嫌いでしょう?」 「用件」 「ふぅ。わかりました。用件ですね? 用件は、事件解決への協力です。私の目的は警察組織への復職ですが、再任用されるには優秀な人材であることを示さなければならない。そのために、ジャーナリストとして警察より早く事件を解決しなければなりません。そして、あなたの目的はよく知りませんが、協力関係を結んでいる以上、あなたにもなんらかのメリットがあるのでしょう?なら、利害の一致です。断りませんよね?」  九条の言葉に壱月が促くと、九条は事件の概要を話し出した。  東京のとある地区で若い女性が姿を消すのはテレビで言われている事実である。しかし、詳細は少し異なる。九条が掴んだ情報によると、消えた女性は若年層ではあるが、さらに条件が絞られるという。 「その条件が、容姿端麗な女性です」 「容姿?」 「ええ。ここにファイルがあります。捜査資料です。もちろん懲戒処分ものです」  さらっと恐ろしいことを言って渡されたファイルを、壱月が丁寧にめくっていく。  そこに記載された拐われた女性のルックスは、確かに世間一般では高い評価を受ける部類に思われた。 「どうです?」 「…………どうとは?」 「写真を見た感想ですよ」 「世間一般的には、容姿端麗て言われるだろうな。髪色とか髪型とかに共通性はないから、やはり顔の端麗さを重視している…………」 「それは私も同じ見解です。他にないんですか? 名探偵ならではの視点のつけどころとか」 「だから、俺は名探偵じゃねぇ」 「ご謙遜を」  自身を探偵として疑わない九条に内心呆れながら、壱月がファイルを閉じてそれを返す。  ファイルを受け取りながら、そういえば、と九条が口を開いた。 「先ほど、世間一般的には、といいましたね? きみ個人は好みではなかったと?」 「消えたやつ相手に好みとか言ってられっか。そもそも人の顔とか興味ねぇ」 「きみ、見た目に合わず生真面目ですね。私的にはダメですね。ブスじゃないですか、皆」 「おまえこそ見た目にあわず糞やろうだな。安心しろ。おまえの感覚が世間とずれてるだけだ」 「私の見た目は至上ですからね」 「とにかく用件は分かったから、もう帰ってください」  壱月が敬語になったときは会話終了の合図だ。 壱月は敬語を使い分ける。尊敬の敬語と距離を置くための敬語だ。  もちろん、九条に尊敬の念はない。すなわち、壱月はさっさと九条と距離をとりたかったのである。  それでも居座ろうとする九条を半ば無理やり追い出して、壱月は深くソファに座り直した。  出てくるのはため息である。 「疲れた」 「ほんま、なんやアレ! 最後自分の容姿を至上とか言ってたやんか! 鏡みたことあるんか? だっさいわ!」 「…………(こいつ、あいつに似てきてる)」 「てか、なんでまた協力するねんよ!」  不満気な華雪を撫でながら、壱月が笑う。 「被害者はきれいに姿を消しているんだ。絶対妖怪絡みだろ」 「テレビのおっさんと同じこと言ってるー! やだやだ! 壱月は年取ってもハゲ散らかしたデブにはならんよな? やだ!」 「何を言ってんだ?」  意味不明なところで騒ぎ出した華雪に疑問を投げ掛けながらも、壱月はさっそく事件のことを考えていた。  壱月にとって妖怪は大事な存在だ。幼いころから妖怪が見えていた壱月は、妖怪をときには友として、また別のときには救うべきものとして扱ってきた。そんな妖怪が絡んでいる事件なのだ。  知らないところで妖怪が傷つかないように、早く事件を解決せねばならない。  そして、同じ妖怪である相棒のためにもーー。 ※ 人を貶すのはもちろん推奨されません!   九条がおかしいだけです。
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