下山

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下山

 そうと決まれば、壱月がすべきことは事件の起きた地への調査だ。幸い、事件発生範囲はひとつの地区に限定されている。  例え、女性たちが消えるところを目撃した「人」はいなくとも、常に人間を観察している妖怪なら何か知っているかもしれない。 「となると、聞き込みだな」 「やったー!!」  壱月の言葉に、華雪が反応する。華雪は調査ではなく、散歩だとでも捉えているのだろう。 「おまえは自由に動けるタイプで良かったな」 「うん! まあ、僕レベルになるとね! 楽勝や!」 「いいか、遊びじゃねぇからな。調査だ」 「早く! 早くお外にいこう!」  これじゃ本当にペットの散歩みたいだ、と壱月が内心呆れたことも知らず、華雪が玄関へとダッシュする。こうして、散歩という名の調査が開始された。              ◇  12月ともなるとやはり外は寒い。寒がりな壱月には外を歩くのはもはや拷問だった。 「華雪……」 「どーしたの?」 「ちょっと俺の首に巻き付いてくれねぇか」 「えー! 僕歩きたい!」 「さみぃ。無理」 「もー!!」  半ばふてくされながら、華雪は壱月の肩に飛び乗ると、尻尾を壱月の首に足らした。 「どう?」 「あったけぇ」 「ふふん! 僕の尻尾だからね! 毛並み界の松阪牛だからね!」 「何言ってんだ?」  いつものように会話をしながら壱月が東京の町並みに向かって歩いていく。壱月の住みかは人はずれた山の奥にあるため、しばらくは人と会う機会はなかった。だが、東京の町並みに出れば、人がうじゃうじゃいるだろう。 「町に出たら、俺しゃべらねぇからな」 「えー! なら帰ろう?」 「独り言やべえやつだろ」 「つまらないー!!」 「だから言ってるだろ。調査だって」 「本当に本当に調査だったんか!?」 「何を驚いてんだ、おまえは」  どうやら本気で散歩のつもりで来たらしい相方に壱月が突っ込む。  いつものようにくだらない会話をしていると、わらわらと他の妖怪たちも姿を表した。 「人間! 人間! 妖怪と仲良しな変な人間!」 「人間! 遊べ! おらと遊べ!」  木々の間から壱月たちを眺める妖怪がほとんどである中、2つの影が壱月たちの行方を阻むように降り立った。一つは真っ白なまん丸の体に一つの目がついた妖怪だ。もう一つは色違いの黒で、白いやつの仲間だとわかる。壱月の初めて見る顔だった。  一般的に名前がつけられていないそれらは、いわゆる名もなき下級の妖怪。  とはいえ、新しい妖怪との出会いにほっこりしながら壱月が目の前の妖怪たちに向き合った。 「すまん。仕事がある」 「仕事? 人間が最近捕らわれてるやつ?」 「行ったらダメだ! 行ったら俺ら見えなくなる!」 「大丈夫だ。心配ない。仕事が終わったらまた帰ってくる。ただ、今は通してくれ」  壱月が優しく妖怪たちに言うが、妖怪たちは不満そうだ。 「いやだね! せっかく妖怪見える人間に出会えたんだ!」 「そうだ! そうだ!」 「頼む…………」 「だめだ! 遊ばないならいたずらしてやる!」 「怖い目見るぞ!」  いうや否や、白と黒の妖怪が融合し、一つの塊になった。色と黒が不均衡に混ざりあった色合いに、2つの目玉が忙しなく体内を動き回る様は、相当不気味だ。  一気に思わしくない妖気を撒き散らすそれらに壱月が顔をしかめたときだった。 【去れ】  重い空気を纏いながら、華雪が壱月たちの中間に入り込んだ。  自らより遥かに強い妖気に、妖怪たちを恐怖が支配する。  先ほど壱月にちょっかいをかけた妖怪たちは、元の姿に別れながらも、ガタガタと体を振るわせていた。 【壱月は僕のだ。去れ。下等め】  未だに怒りが収まらないのか、華雪がさらに威圧を放つ。すっかり恐怖に飲まれた妖怪たちに壱月が助け船を出そうとしたときだった。それより早く、華雪が2つの妖怪に襲いかかるのが壱月の目に写った。 「やめろ! 華雪!!」 「っ!!」  華雪の牙が2つの妖怪を捉える直前で静止する。寸伝のところで自分の声が届いたことにほっとしながら、壱月が華雪を抱き抱えた。 「今のはだめだ、華雪」 「ごめんなさい…………」 「いや、俺もすまん」  華雪をあやしながら、壱月が妖怪たちに向きなおる。 「こいつがすまなかったな」  まだ恐怖が抜けきれていないのだろう。妖怪たちがガタガタと震えながら壱月たちを見つめていた。 「おまえたちはまだ名の知れない存在だが、決して人も妖怪も襲ってはいけない…………」  壱月の言葉に、妖怪たちが戸惑いながら声をあげた。 「でも! 人に怖がられなければ俺たち…………!」 「人を襲う妖怪は人に祓われる。俺も…………例外ではない。だが、人によって生み出されたおまえらは一概に悪いわけではない。だから、人を襲わない妖怪を俺は救いたい。仕事というのはまさにそれだ。人にとってもおまえたちにとってもいい形でお互いを守れるよう、俺は仕事に行かなければならないんだ」 「………………俺たち、有名になれない?」 「…………人に感謝されるのが神。人に忌み嫌われるのが大妖怪。どちらも大物だが、前者は人に尊敬され、後者は祓いやに祓われるリスクが上がる。…………後者になりたくなければ、人を助けてやってほしい」  壱月の言葉にしばらく沈黙が流れた。だが、しだいに緊張が解れてきたのか、一つの妖怪が了解すると、たちまち肯定的な返事が壱月に返ってくる。  それに安堵しながら壱月が立ち上がると、妖怪たちは仕事に行けと言わんばかりに道を開けた。  礼を言いながら歩き出すも、壱月にはまだ問題が残っていた。  腕の中の妖怪である。すっかりふてくされたのか、壱月の腕に顔を埋めた華雪はひたすら無言を貫いていた。  いつもは華雪から壱月に話しかけるが、今回は立場が逆転してしまったみたいだ。  結果、会話下手ながらも必死に華雪に話しかけた壱月には目もくれず、壱月がしぶしぶ吐いた「わらび餅を買ってやるから」という言葉に華雪はようやく顔を上げるのだった。  好物を餌に調子を取り戻した華雪は道中壱月にいつも以上に絡んでいた。くだらない会話をしていれば、山を下るのはあっという間だった。
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