下山

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 山を下れば、幅の狭い山道に出る。その細い道をまっすぐ辿れば、たちまち人の住む町へ合流し、さらに北に進めば、都心へと近づくというわけだ。事件が立て続けに起きているという地区は、都心の一歩手前にある。 「これからどうするのー?」  華雪が壱月の腕の中から壱月を見上げてそう尋ねる。相棒の言葉に沈黙で返す壱月にとって、まさにそれが問題だった。  事件の解決に携わるのはこれが初めてではない。表にこそ出ていないが、これまでとあるジャーナリストが解決してきたという怪奇的な事件には全て壱月が陰ながら関わっている。そんな壱月をそのジャーナリストは「怪奇事件の名探偵」と称しているわけだが。  しかし、実際、壱月は探偵でもなければ、それほど学があるわけでもない。  テレビで見かける名探偵が推理に基づいて行動しているように、着実に「答え」に近づいていく捜査などできるわけがないのだ。  壱月にできるのは、大抵、地道に妖怪たちから情報を集めるくらいしかない。 「………………」 「壱月ー? どの妖怪か目星をつけているわけじゃないでしょ? なら散歩に切り替えようよ!」 「…………散歩はしねぇよ」 「えー? 目的ないなら散歩と変わんないじゃん!」 「妖怪たちに聞いて回れば何かわかるかも知れねえだろ。…………事件の起きた地区に行ってみる」 「途中で食べ歩こうよ!」 「…………聞いてたかよ……?」  とことん我が道を行く相棒にじとっとした目線を送ると、壱月は辺りを見渡した。住宅街から離れた高地に細い道が連なっているだけだ。町に出るには歩くしかないだろう。  運動があまり好きではない壱月だ。無駄とは分かっていても、歩く以外の選択肢はないかとつい辺りを探っていた。だが、当然そんな都合よくいくわけはない。  諦めて壱月が歩き出したときだった。 「銀髪の後ろ姿美人さーん!」  遠くから若い男の声が聞こえてきた。壱月が振り替えると、黒髪黒服の男が遠方から走ってくるのが見えた。だんだんと近づいてくる男の全貌が明らかになるにつれ、壱月は顔をしかめる。男は全身黒で統一したコーディネートに、いくつものアクセサリーを耳や首、手首につけ、爪は真っ赤に塗られていた。チャラチャラとした雰囲気に、壱月はこの男が自分の苦手な部類であることをすぐに悟った。 「あれ! なんだあ! 男かー! こんなにきれいな銀髪珍しかったから惜しいなぁ」 「………………………………」 「無反応!? それは辛い!? てかお兄さん姉妹いる? いたら紹介して! うお! 目は金色!? ますますめずらしいなぁ。いいね」 「…………………………」 「お兄さん一人? よかったら町まで一緒に行こうよ」 「…………………………」 「え!? 初対面だよね? なぜ嫌われているの!?」  男が口を開く度に、チャラチャラしているのは姿だけではないことが浮き彫りになっていく。同時に壱月の苦手メーターがぐんぐん上がっていくのも早かった。  それでも壱月が男を無視して歩き出さなかったのは、男が壱月が探している相手そのものだったからだ。 「は! もしやお兄さん、言葉話せない人!? そっか……。お兄さん見た目から儚い感じあるもんね。きっと悲しい過去と引き換えに声を失ったんだね。かわいそうに。どうしたらお兄さんの声を取り戻せる? ねぇ、俺に手伝わさせてよ」 「…………あなたはなんでそんな姿なんですか?」 「ああ。きみの声が知りたい…………え?」 「…………は?」  「………………え!? は、話した? え、話せる?」 「普通に話せますケド。それにしてもすごい妄想でしたね。儚いとか今まで言われたことありませんよ」 「めちゃ話すやん」  男が度肝を抜かれたように、壱月を見つめる。そんな男に無表情で覚めた目を返す壱月の腕の中で、興味なさそうな華雪が大きなあくびをしていた。 「もう一度聞きます。あなたはどうして人間の姿をしているんですか?」 「え! うそ! わかる人?」  「わかる人」の言葉に頷きながら、すかさず壱月が指摘した。 「妖気が全身からにじみ出ています」 「えー!! プロの人?」  今度は「プロの人」の言葉に首をかしげる壱月に男が慌てて補足する。 「妖怪に頻繁に関わる人?」  壱月が頷くと、男は「まじかよ」と呟きながら壱月を睨み付けた。先ほどのチャラっとした雰囲気は消え、男からは鋭さだけが放たれていた。 「おまえ……俺を祓う気か?」 「祓いません」 「嘘つけよ。おまえら見える人間は! その能力を使って金儲けしてるじゃねぇか! 騙されてたまるか!」  壱月の言葉を否定する男は、先ほどの人懐っこいオーラを完全に消し去り、敵意だけを現していた。  壱月を敵視する男を華雪がきっと睨みつける。 「きみさ、馬鹿なんか?」 「あ? なんだおまえ」 「壱月が祓う側の人間だったら、なんで僕が壱月の腕の中にいて安全なんや。考えたらわかるやん」 「それはおまえが脅されてるんだろ? 助けてやるからまっ「ばーーーーーーか」  男の言葉を遮って華雪が笑う。七色の瞳を細めながら、馬鹿にしたように華雪が口を開いた。 「僕の妖気わからんか?  僕、きみよりうんと格上だから」  華雪の言葉に男の目がつり上がった。怒りを含んだ目は、しかし、すぐに冷静さを取り戻していった。華雪の妖気は明らかに尋常ではない力を放っていた。かなう相手ではないことを男はすぐに悟ったのだ。 「そうだな。おまえの方がうんと強い。そんなおまえが言うんだ。信じよう。壱月といったか。友達になってくれ」 「すみません」 「嫌や、馬鹿」  男の言葉に壱月は丁寧に断り、華雪は歯茎を見せて威嚇した。  当然男は予想外の展開に驚いた様子を見せた。 「え! な、なんで!? ーーあ!! わかった。俺は黒奴(くろや)て言います。改めて友達になってくれ、壱月」 「すみません」 「嫌や、馬鹿」 「変わらないじゃねぇか!? なんでだよ!! おまえら性格悪いだろ? 友達いないだろ? 友達になってやるって!」  黒奴のツッコミに、壱月と華雪は冷ややかな視線で返す。誰が友達いなさそうなんて見下すやつと友達になるだろうか。いや、ならない。 「断る。俺は妖怪にしても人間にしても相手はちゃんと選ぶ」 「俺がダメなやつみたいじゃん! 頼む。人間の友達ほしかったんだよ! 元から妖怪が見えるやつは論外だったけど…………おまえなら安全なんだろ?」 「…………うさんくさい」 「どこがだよ!」 「話し方最初と違げぇぞ」 「あっ! 話し方はーー…………って、ブーメラン!ブーメラン! おまえこそ敬語はどこにいったよ!」 「あ……」 「ほら! 初対面の相手には誰もが警戒するだろ? 俺も一緒だって」  無理やり友達になろうとしてくる黒奴に、壱月は不思議な気持ちになっていた。  黒奴という妖怪はまるで人間らしいのだ。姿の話ではない。ノリや考え方が妖怪のそれとはちょっと違うように感じる。  そのため、人間と話すようなノリで壱月も黒奴に接していた。 ー黒奴は、人間になりたいのだろうか? ーそれとも、ずっと人間のそばにいたのだろうか?  そんな疑問が壱月の頭によぎる。  どちらにせよ、黒奴が人間と関わりがあるのは間違いなかった。 「なあ。黒奴」 「名前よんでくれたあ! しゃあっ!」 「チッ!」  喜ぶ黒奴に舌打ちをしたのは華雪だ。華雪はどうやら黒奴と仲良くするつもりはないようである。 「ちょっとー華雪様も仲良くしてよー」 「身をわきまえろ」  自身の腕の中で威嚇する華雪を撫でながら、壱月がもう一度黒奴の名前を呼ぶ。再び嬉そうに顔を緩める黒奴とは対象的に、壱月の顔は真剣な面差しをしていた。つられて黒奴も、緊張したように壱月を見つめる。お互い見つめ合った状態で沈黙を破ったのは壱月だった。 「黒奴。おまえは、人間が拐われる事件を知っているか?」 「ーーえ?」 「いや、おまえなら知っているだろうな」 「なに…………?」 「山道で後ろから現れる妖怪。おまえはーー送り狼だろう?」 「っ!!!」  壱月の言葉に、黒奴の目が大きく見開かれた。
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