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『わたしが先に死んだらね』
『なに急に』
急な話の展開に、僕は目を見開く。
抜けるような青空の臨海公園。真っ青な海原の向こうに見えるのは、最近リニューアルしたばかりの南部市場だ。
『だから、わたしが先に死んだらね』
『縁起でもない』
『そうかな、わたしのほうが年上なんだからさ、確率は高いでしょ』
『そうかな』
『とにかく聞いてよ。わたしが先に死んだらね、棺に花をいれて欲しいの』
『なんの花?』
『ピオニー』
『はじめて聞く花だな』
『和名だと芍薬』
『それなら聞いたことある』
彼女がスマホを見せてきた。日光で影ができてよく見えない。白くてほっそりとした手をかざして日光を遮る。画面には淡い桃色の花の画像がいくつも並んでいた。どこか彼女に似ていた。
『素敵な花だね』
手を握りながら彼女が言う。
『この花で棺を埋め尽くして欲しいの』
『どうして好きなの、この花』
『わたしと違って控えめな美しさだから』
冗談なのか本気なのか分からない口調だった。
『ピオニーの花言葉はね、幸せな結婚とかね、いつか必ず来る幸運なの。最期はね、そんな花に囲まれたいの』
『なにそれ、皮肉』
『違う。あなたとなら、そう思って最期を迎えられると分かっているから』
はじめて見る、彼女の真剣な眼差し。
僕らは約束した。
彼女が先に死んだら、棺をピオニーで埋め尽くす。
僕が先に死んだら、クロッカスで埋め尽くしてあげると彼女は付け加えた。
クロックスの花言葉は、あなたを待っています、切望、わたしを裏切らないで。
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