いつかが咲く

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『だから言ったでしょ、火曜日は定休日だって』 責める様子もなく言った彼女は、泣くように笑っていた。 僕は眩しさと恥ずかしさで眼を細める。 シャッターが閉まった骨董屋のまえに立ち尽くした僕らの横を、忙しそうに人々が通りすぎていく。 平日の桜木町は勤め人ばかりだ。 時間を合わせるようになった昼休み、休憩室から庫内に戻る共用通路で声をかけた。 『桜木町の、新横浜通りから一本入ったところに、老舗の骨董屋さんがあるんですよ』 珍しい組み合わせの二人の立ち話に、同僚たちが露骨な視線を浴びせてくる。 『あっ、知ってるよ。店先にたくさんのドリンキングバードが置かれているお店でしょ』 『やっぱり知ってましたか』 僕は照れ笑いを浮かべることしか出来ない。背中は汗でびっしょりと濡れていた。 横浜に住んだのも、この倉庫で働き出したのも、彼女が先だ。年齢もうえで、僕の普段着は動きやすいスポーティなもの、彼女はいつもエスニック。 インドやネパールの品物を扱う老舗の骨董屋を、彼女が知らない訳がなかった。 話の接ぎ穂をなくした僕に、彼女が口をひらいた。 『最近いってないなぁ。品揃え、変わっているだろうなぁ』 『よかったら、一緒に行きませんか?』 飛びつくように言っていた。 彼女は、泣くように笑いながら言った。 『たぶん、私たちが休みの火曜日はあそこ定休日だよ』 骨董屋が定休日でも、それでも良かった。ただ、休みの日に彼女に会えれば。 そして僕らは立ち尽くしている。 『これからどうする』 相変わらず泣くように笑っている。 『すいません、ぼく、横浜は詳しくなくて』 『なんでもあるよ、このあたりは』 言って、彼女は、僕の手を握った。 遠くに、掃部山公園の桜が見えた。 空が桃色にそまっていた。
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