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約束は果たせなかった。
昨日の大雨の名残か、町の空気は重かった。空を覆った雲も厚い。
臨海公園から杉田駅に続く臨海緑道を、彼女と並んで歩く。
職場から出て五分は経つが、一言も交わしていない。
気まずさに堪えかねて、頭に浮かんだことを言ってしまう。
『桜木町にさ、魚が降ったんだって』
『うん』
違う、こんなことを言いたい訳じゃない。
上滑りしていく。
こぼれていく。
それを、止められない。
『ほら、たまに海外のニュースとかであるだろ。嵐で空に舞い上げられた魚が降ってくるやつ。あれが日本でも起きたんだって』
『ファフロツキーズ現象』
『え、なに?』
『ファフロツキーズ現象っいうんだよ、それ。ほら、マグノリアって映画でラストにカエルが降ったやつ』
『ふーん』
自分から出した話なのに、まともに返事も出来ない自分が嫌になる。
しばらく、無言のまま緑道を歩く。
産業道路を渡る交差点が見えてきたとき、彼女が口を開いた。
『昨日の大雨でさ、久里浜のピオニー、みんな散っちゃったって』
ふたりが住む町から電車で二十分ほどのところにある久里浜には、季節の花が楽しめる公園があった。ふたりでよく遊びに行った。五月の連休が終わって仕事がひと段落した頃は、毎年ふたりでピオニーを見に行っていた。
『最後に一緒に見たかったね、ピオニー』
最後に、という言葉に、僕は思わず立ち止まる。
彼女も自分の言葉に込められた意味に気がつき、僕の少し前で立ち止まる。
しばらく背中を向けていた彼女は、何かを断ち切るように素早く振り向いた。
彼女は、笑うみたいに泣いていた。
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