思い出話をしましょう

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 大丈夫です。私が居ますから、怖くありませんよ。今日は曇っていますが、また、あそこに見える山まで行ってみましょうか。私たちが出会った場所ですよ。あら、このベランダでいいのですか?  それにしても、この周辺も日々変わっていきますね。またすぐそこで工事が始まりましたよ。え? 今日は思い出話をしないのかって? いいですよ。子供たちが生まれた頃の話をしましょうか。  あなたは、子供たちそれぞれ全員に優しかったですね。まあまあ、あなたが本当は優しいってことは、みんな知っているのですよ。子供たちが巣立って行く前に、あなたは言いました。自分が最後を迎える時は、お気に入りの場所で待っているから、必ず来るようにって。意外と寂しがり屋なのが分かってしまいましたね。  子供たちは、去年までは時々会いに来てくれましたが、最近は来なくなりましたね。だからあなたは不安なのですね。今日、皆が会いに来てくれなかったらと思うと、自分の最後を受け入れられないのですね。分かりますよ。でも、大丈夫。いつも私がついています。お互いがどこにいても、私たちはいつも一緒です。そういうものです。  安心したあなたの体から、紅色の魂が真っ白な空へ浮かび上がるのを見ました。それはそれは美しい情景でした。そして、あなたの勇ましい黒い体は、ベランダから飛ぶように落ちて行きました。  工事現場の人たちの声がします。 「カラスが落ちて来たぞ!」  ほら、見てください。あんなに会いたがっていた子供たちが、向こうの空に見えてきました。あなたの子供たちは、ちゃんと覚えていたんですよ、あなたの言葉を。  父親の周りを囲むようにして飛び回る子供たちを見て、人々が「不吉だ、不吉だ」とはやし立てますが、こんなに美しい風景が世界中のどこにあるのでしょうか。  え? どこにでもある風景ですって? あなたは素直じゃないですね。
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