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____「鈴木さん。忙しいのはわかるんですが、取引先へのメールはもっと慎重に送ってください。誤字脱字や日程の間違いが多いと先方も困っているようです」
あれから20年近く経ち、私は未だにヴィランを続けている。
目の前の新入社員の鈴木さんは、涙をためて頭を下げた。
「申し訳……ありません」
「いや、あの。泣くほどのことでは」
「黒岩さん怒ってますよね?私のこと、使えない女だって」
「そんなこと言ってません」
「ほら、その顔が怖いんです!」
周囲の人達が怪訝な顔をして私を見つめるのがわかった。
『黒岩さんまた新人いびってるよ』
『怖……』
『もうすっかりお局って感じだよね。何様なんだか』
視線が怖くて、まるで自分が悪いことをしているような気持ちになってくる。
取引先の人から、注意してもらえないかと言われたので、私なりに言葉を選んだはずだけど。
「ごめんね。言いすぎた。良かったら一緒に確認するから今度は」
「失礼します!」
泣きながら去って行ってしまった鈴木さん。
これで退職してしまったら、私のせいになるんだろうか。
私が不器用で、……顔が怖いから。
「黒岩さん!前に気になるって言ってた作品契約とれましたよ」
背後から聞こえた声に我に返る。
映画配給会社『浅井ピクチャーズ』の買い付け交渉担当、姫宮さんが、いつものように爽やかな笑顔を惜しげもなく振る舞っていた。
「それって、スウェーデンのショートフィルム!?流石姫宮さん!絶対話題になります!」
ついつい声を張り上げてしまい、ハッとしてすぐに自粛した。
どうせまた、イケメンには媚を売ってと噂されてしまうだろう。
この会社で、上映館のブッキングや宣伝などの業務を勤める私は、彼のとってくる作品にめっぽう弱い。
目の付け所もセンスも良いし、ヒットを予測できる審美眼が彼にはあると思う。
彼は私と同い年の27歳、同期でもあることから、何かと話す機会が多い。
だけど内心彼のことを警戒しているのは。
「ねえ、黒岩さん」
耳元に顔を近づけて囁く姫宮さんにゾッとする。
「……能なしの鈴木なんてほっとけよ。うざったいから早く辞めるといいね」
彼はすこぶる仕事ができて愛想もいいけど、腹黒い一面ももっている。
均整のとれた顔で、つぶらな瞳を輝かせて微笑むのが逆に怖い。
「ね?」
ね?って言われても……。
到底肯くことはできずに冷や汗をかいて苦笑するしかなかった。
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