白馬の王子とAセット(スープ、サラダ、コーヒーor紅茶付き)

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 待ちに待った休日。  早朝から映画館に足を運び、ぶっ通しで二、三本観ることが何よりの至福の時間だ。  普段から散々嫌味を言われ会社でも浮いた存在なのに仕事を続けていられるのは、何より映画が大好きだから。  中でも特に愛着を感じるのは。 『ざまあ見なさい!私に跪いて許しを請うことね!』 『お前らのことなんてしったことか!俺さえ助かりゃそれでいい』  誰からも忌み嫌われる悪役達だ。  1ミリも共感はできないけれど、その思想はどこまでも一貫していてブレない。  誰の目も恐れないし、素晴らしく自由だ。  だけど一瞬だけ、深い業のような哀しみが垣間見える。  本当は、望んで悪役になったわけじゃないのに。  まるで主人公を輝かせる為だけに悪として生まれた存在なんて、あまりに寂しい。 『覚えてなさい!』 『地獄の底から這い上がってやる』 「うう……」  今日も今日とて悪役に共感し号泣しまくると、デトックスし軽くなった心と身体を弾ませてとある場所に向かった。  遅め昼食と、それから絶品のデザートまで堪能できる行きつけのカフェ。 「雪ちゃん、いらっしゃい!」  何と言っても、この激甘な笑顔で迎え入れてくれるオーナーの王寺(おうじ)さんが目的だ。 「今日は何観てきたの?」  良かった。遅い時間を狙ったからお客さん少ない。  ゆっくり話せそう。  お冷やのグラスとメニューをテーブルにそっと置く姿を、バレないようにチラリと目に焼きつける。  腕まくりされた白いシャツと黒いギャルソンエプロンが似合っていて、今日も格好いい。  栗色のふわふわの髪がまた柔和さを醸し出していて。   「話題になってるアメコミのやつと、邦画ホラー、あとフランスの恋愛ものの三本です!」 「強烈すぎて脳みそ疲れそう」  屈託なく笑う笑顔に癒される。  王寺一馬(かずま)さん。  私が半年くらい通いつめているカフェThree o'clockのオーナーさんで、歳は31だと先週やっと聞けたばかり。  今日は思い切って、好きな食べ物は何か聞く予定。   あわよくば、……フリーなのかどうかも。 「今日は何にする?」  メニューを眺めていた振りをやめ、昨日の夜から決めていたオーダーを即答する。 「Aセット、ホットコーヒーでお願いします!」  ここのAセット、オムライスはふわとろで絶品だ。 「オッケー。雪ちゃんの好きなふわっふわに仕上げるよ。コーヒーはミルクたっぷりで」  かなりの常連だからなのかもしれないけど、私の好みを把握してくれるのが嬉しい。  “雪ちゃん”  名前で呼ばれるのも。 「そういえば、この間クッキーの袋詰め手伝ってくれてありがとう」 「いえ、私にできることだったらいつでも……」  彼は厨房に消える前に、もう一度こちらに振り向いて微笑んだ。 「ありがとうね。雪ちゃん優しいから、つい甘えちゃう」  その優しい笑顔の威力に心を撃破され、ソファー席に倒れてしまいそうになる。  この人だけは、ありのままの自分を受け入れてくれる。  こんな私でも優しいって、そう言ってくれるんだ。
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