ヴィランのため息

2/8
前へ
/54ページ
次へ
 昔昔、読み聞かせてもらったおとぎ話。  めでたしめでたしのその先が、気になって仕方なかった。  かえるの王様が、再びかえるになってしまったら?  シンデレラが、もしも王子様と喧嘩したら?  その後に思いを馳せるばかりで、ちっともうっとりした気分に浸れなかった。  悪者は全員いなくなってしまうの?  それって、本当にめでたしめでたし? ____「大丈夫?雪ちゃん」  ハッとして我に返り、目の前の一馬さんに視線を戻した。  Three o'clockの閉店後、こうして二人で定期的に会うようになって数日。  一馬さんとは連絡先を交換したし、お互いの気持ちも伝え合って交際が始まった。 「元気ない?」 「いえ……」  どこか寂しそうに揺れる瞳。  彼をこんな顔にさせてしまうのは何度目だろう。  ずっと夢見ていたことが現実になって、幸せの絶頂のはずなのに。  どうしてこんなに心が晴れないんだろう。 「そう言えばさ、笛木さん辞めちゃった」 「え……」  一馬さんは苦笑して頭を小さく掻く。 「二軒先のバーでバイト始めるって。そこの店長、イケメンらしいから」 「そんな」  彼女のバイタリティは凄い。  最早尊敬の域だ。 『あんたはもっと、あんたが思うようになんでもすればいい!』  結局、彼女に背中を押される形だった。  私のことであんなに怒ってくれて。  それなのに私、自分だけが上手くいっていいのかな? 「雪ちゃん」 「はい!?」 「……いや、なんでもない。デザート作ってくる」  厨房へ向かう一馬さんの背中を眺め、胸がちくりと痛んだ。  なんだかあの日の奇妙なお茶会が恋しくて。  もう、四人で会うことはないんだと思うと、どうしてもうまく笑えないのだった。  
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

174人が本棚に入れています
本棚に追加