ヴィランのため息

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 恐る恐る足を踏み入れた煌びやかなロビー。  人で溢れかえる中に、本当に倫の姿はあった。  紺のトレンチコートを着た彼は、向かい席の美しいショートヘアの女性と仲睦まじく話している。  楽しげに笑う横顔に、一瞬怯んだ。  私はこんなところで何をやっているんだろう。  顔を見たらホッとして、逆に決断力が鈍る。  もし、私の勘違いだったら?  彼の交際相手だったら?    いろんな考えが頭をよぎって、足が竦んだ。  私がここに来たのも、迷惑だとしたら。  その時、震える手から細菌マンのキーホルダーがすり抜けて、一緒についていた鈴がチリンとなった。  その音に気づいて振り返る倫。  彼は私の顔をハッキリと見つめ、目を見開いた。 「え!?なんで!?雪!?」  咄嗟に名前を呼ぶのが戻っていて嬉しい。  普段飄々とした彼からは考えられないような狼狽えぶりに、胸が高鳴った。 「……すみません、攫いに来ました」 「は!?」  彼の後ろにいる女性も、唖然としてこちらを見ている。  申し訳なさでいたたまれなくなるけど、……もう後には引けない。 「お姫様を攫いに来ました。……私、悪役なので」 「な……」  意味不明な内容に、ますます倫と女性の頭上にクエスチョンが浮き上がる。 「帰ろう、倫。上映権の為に自分を犠牲にするなんてやめて」 「……なんの話?」 「私、倫が好きなの!だから、取り返しに来た!」 「ちょ、ちょっと待って」 「自分勝手だってわかってる。でも、倫が好きなの。倫と一緒にこれからも映画が見たいし、ご飯をシェアしたい」 「雪……」 「私とつ、付き合ってください!」  言いたいことが言い終わり、私は黙った。  倫も絶句したように黙り込む。 「………………」 「………………」  突然笑い出したのは、倫と共にいた女性だった。 「いいですね。映画のワンシーンみたい」  うっとりと微笑んで立ち上がり、彼女はA4サイズの茶封筒を私に差し出す。 「これ、きっとあなたにあげたかったんだわ。どうぞ」  そう言って、彼女は去って行った。  
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