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『またさっき黒岩さん、姫宮さんに媚売ってたよ』
『よくやるよねえ』
『相手にされるわけないっての』
ああ、嫌だ。
なんで噂話ってこんなにクリアに耳に届いてしまうんだろう。
まるで黒岩という響きだけ際立って色づけされてるみたい。
【黒岩ちゃん、納期は来月の19日ってことだよね?鈴木さんのメールでは今月と記載されてるけど、もう過ぎてるから。紛らわしいので黒岩ちゃんからビシッと言ってやってよ】
取引先の字幕制作会社から、朝一で受けたクレームを思い出す。
さっきのトイレでの一件もあるし、ますます指摘しづらい。
それでも重い腰を上げ、勇気を出して鈴木さんのデスクへ。
絶対反感買うと思うけど、言うしかない。
先方が困っているんだし、何より仕事に私情を挟んじゃいけない。
サイキンキンキンサイキック
私は悪役。
悪役は一貫してブレない思想を持っている。
人の目なんて関係ない。
もう既に嫌われてるんだし。
疼く腹痛を紛らわし、頬杖をついている鈴木さんに声をかける。
「鈴木さん、メールの件ですが」
「……もういい加減にしてください。そんなに私のこと気に入らないなら、外して結構です。部長にも伝えておきます」
「そういうことじゃなくて。私は鈴木さんと一緒に」
「もういいですから」
サイキンキンキンサイキック
心の中の細菌マンが跳び蹴りを食らわせた瞬間、プチンと私の中の何かも千切れた。
「……もういいって何?」
またやってしまった。
これが、私が輪の中で浮いてしまうもう一つの理由だ。
「鈴木さんにとってはメールの誤字脱字なんて小さなミスかもしれない。でもそれ、全然小さくないから!細やかな注意や確認が信頼関係に繋がるの!円滑な運営に繋がるの!」
フロアがしんと凍りつくのをもう一人の自分が察していたけど、細菌マンの方の自分は止められない。
「とにかく仕事はきちんとしてもらいたい!私のこと恨んでもいいから!」
私のこと恨んでもいいから。
小学生だったあの日の自分も、そう言った瞬間からぼっちになったんだよね。
だけど、失うものがないって気持ち良い。
そうでしょう?細菌マン。悪役令嬢。鬼の始祖。
心の中の悪役達に共感を求めると、皆一斉に肯いてくれた。
____「黒岩さん、不器用すぎるでしょ」
背後から聞こえた男性の声に固まる。
またもやこの男だ。
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