⒈ 白緑の吐息

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⒈ 白緑の吐息

鷹乃学習(たかすなわちがくしゅうす) 例年より十数日も早く梅雨が明けた。鬱々とした空から幾本か光りが差す。 四季折々の美しさをもつこの国から、春秋が絶滅しかけているようでいたたまれない。この頃より、この国は亜熱帯から熱帯に突入する。 学生たちは夏休みに心躍らせつつ、試験に励んでいる頃だろう。 夏といえば、花火大会、お祭り、海、キャンプ、バーベキュー、そして 「充哉くん、ライブ行かない?」 授業が終わりバイト先に向かおうと構内の中庭を一人歩いていた。 木陰でたむろしていた女子グループの一人から呼び止められ、唐突に誘われた。 「ライブ?」 同級生の中でもわりとかわいいで好評の女子だ。 充哉は笑顔で近寄り問いかける。女子たちからは吐息交じりの黄色い声が漏れる。 「clown《クラウン》ってバンド知ってる?今やってるアニメ映画の主題歌とか2年前にウエディングソングでバズった。」 彼女は余程充哉と一緒に行きたいのだろう。 代表曲を動画サイトで素早く検索し、clownがいかに素敵なバンドなのかをプレゼンしている。 「ツアーとかじゃなくて、単発ライブあるの。こんなことってすごくレアなの。しかもライブハウス!渋谷の!あのレベルのバンドが、あそこでやるってヤバイの!」 充哉と行きたい以前に、彼女はそのバンドのコアなファンなのだ。 どうやら入手困難なレアチケット争奪戦に彼女は勝利し、彼女の相棒に詳しくもなくファンでもない充哉を誘っているのだ。 「うーん。そんなレアなライブに俺なんかが行っていいのか?」 きっとファンは女性が過半数以上だろうし、そもそも興味もない。 はっきり言ってしまえば、行きたくない。 「一緒に行く予定だった子が無理になっちゃって、みんな予定あるって言うんだもん。」 いや、嘘だろ。そんなわけあるかい。とは言えず、とりあえず日にちを確認するとバイトもなく予定もない日ではあった。 「ほんと?よかったー!」 まだ行くとは言っていないのだが、彼女はチケットを充哉に押し付け「またLINEするねー!」と言い残し足早に去っていった。
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