⒈ 白緑の吐息

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正面にいる彼女を見ると、圭衣は客席を背にしてギターの調整をしている。 何回か音を出して、ポジションに戻ってきた。 「直った?」 「直った、はい、次行こう。」 「はーい、次の曲いきまーす。」 ゆるゆるのトーク後に盛り上げるために煽るのかと思いきや、そのままの流れで激しいロックサウンドがきた。 前列のファンとアイコンタクトをとり笑いあったり、ファン一人ひとりを見渡して目を合わせ魅了する。 ギターの上手い下手は分からない。 だが、カッコイイと言っていたのは理解できる。 口下手で押しに弱くて、ふわふわしていて、ふにゃふにゃしていて、かわいいの権化のような圭からは考えられない。 自分の手の中にいた彼女は、まるで小動物のようで、囲って、守って、 隠してしまいたい。 そんな風に思えたのに。 今、目の前にいるのは、同じ人物なのに違う人に見える。 心つかまれる。 あっという間に楽しい時間は終わる。 「充哉くん!楽しかったね!」 「楽しかった!」 興奮のあまり手を取り合ってキャピキャピしてしまう。 どこが楽しかった、ここが可愛かった、と一生懸命話していて会場を出るまで手をつないでいることを忘れていた。 「充哉くん、今から…」 「ごめん、誘ってくれてありがとう。めちゃくちゃ楽しかった。」 充哉は彼女の誘いを断ると、颯爽と会場を後にした。 スマホを取り出し『すごく楽しかった!!帰るね』と圭にLINEする。 叶うなら、今すぐにでも圭を抱きしめてキスしたい。 しかしそれは叶わない。家に帰り、基にこの高まりをぶつけよう。 .
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