⒉ 花浅葱の芽吹

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⒉ 花浅葱の芽吹

大雨時行(たいうときどきふる) ゲリラ豪雨だの線状降水帯だの異常気象が謳われる昨今。 夕立レベルではない台風並みの雨と風がオフィスの窓を叩いている。 パソコンののったデスクが並ぶ雑然としたオフィスは、ここで働く人たちにとっては「片付いている」状態だ。 各々の仕事をおなしており、今このオフィスにいるのはこの世の終わり感漂うこの男ただ一人…。 世界の終わり状態の緒方京の心中は穏やかではなく、窓の外の景色同様に暴風雨だ。暴風雨なんて優しいものではない。大空襲か原子爆弾投下されたか…。 ノートパソコンを起動させたはいいものの仕事に手がつかず、かれこれ1時間以上固まったままだ。 急ぎの仕事がないわけではない。確認すべきこともたくさんある。上に回さないといけないデータもある。スケジュール調整もしないといけない。 この男、普段は大変真面目である。 言われたことは確実にこなし、愛想もよく気の利くできる男だ。 しかし、真面目ゆえの奥手が仇となる出来事に―――――― たまご、れんこん、ごぼう、食パン、こんにゃく、彼女の好きなもの食べられるものを作るために材料を買う。彼女の主成分は、酒とたばこと音楽なので、主にお酒に合うおかずを作り置きする。 先週作ったものは食べているだろうか、彼女のことを考えながらの買い物はとても楽しい。唯一無二の癒しだ。 自然と顔もほころぶ。 合い鍵を持っているからといっても、独身女性の部屋に勝手に入るわけにもいかない。LINEも読むかは分からないが、今から行くことを伝える。 出会って数年、なんて手のかかる面倒な女だと思いながら、せっせせっせと世話を焼いてきた。 つらい事も、泣くほど悔しい事も、うれしい事も、ともに分かち合いここまで来た。泣かすまいと、できる限り守ってきた。 彼女の好きなことを楽しくできるように、大切に大切に…
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