⒉ 花浅葱の芽吹

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今のこの関係が崩れてしまうなら、この気持ちは伝えない。 彼女のそばにいられるなら、このままでいい。 困らせるくらいなら、この気持ちは腹の奥底に隠しておこう。 そう、思っていた…。 彼女のことを一番に理解しているのは自分だ。 人と関わることをあまり好きではない彼女が、心を許してくれているのは自分だ。 頼ってすがってくるれのは自分だ。 そう、勝手に思い上がっていた…。 「…泣きそう。」 スリープモードのノートパソコンに話しかけても返事はない。 実際、昨夜は泣いた。 窓の外が光り、大きな雷の音が鳴る。 「うわ、これ帰るころには止んでますかねー。」 「送らないから。」 「冠城さん冷たいです…。」 「こういう日に送り迎えしてくれる男つくりな。」 直属の上司である冠城早苗(かぶらぎさなえ)と後輩の市原小夜子(いちはらさよこ)が入ってきた。 「ひぃっ…!!」 小夜子がどこから出したのか分からない、悲鳴に似た声をあげた。 「京さん、いたんですか。いるならいるって気配だしてて下さい!」 小夜子は入社1年目の新人だが、何ともぐいぐいと行くタイプだ。 「…生きててすみません。」 生気の感じられない声で、関係ないネガティブを言う。 近くの自分のデスクにつき、ふたりともパソコンを起動させる。 「何をやらかした?」 何かとんでもないミスを犯したのだろうと冠城が問う。 ミスの対処は早いにこしたことがない。 「何もやらかしてません…すべて順調です…」 仕事は問題ない。 「じゃ、なに?うざいわ。」 〝こっわ〟 冠城の言葉に、小夜子は怯えつつ自分の仕事をはじめる。
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