⒉ 花浅葱の芽吹

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「すみません…仕事します…」 より一層シュンとして小さくなってしまっている。 「おっつー」 何とも言い難い重っ苦しい空気を、チャラい声が断ち切ってくれた。 長いさらさらストレートヘアを低いところで一纏めにした、背の高い男性がいい匂いのする紙袋を掲げて入ってきた。 「花音さん!」 小夜子はようこそいらっしゃいました!と、この空気を打破してくれた花音を喜んで迎え入れた。 「たい焼きだー!」 受け取った紙袋には、あつあつのたい焼きが人数分入っていた。 この近所にある人気店のたい焼きだ。いつも長蛇の列ができている店なので、この雨の中わざわざ買いに行ってくれたのだろう。 「小夜子、お茶よろしく。緑茶ね。」 花音は適当に誰かの椅子に座る。 「…どうした?」 呼んでもいない花音が事務所に顔を出す事は珍しい。 冠城も京も彼を呼んでいない。 「いや、きょんの様子を見にきた。そろそろ見てしまったかなーって。」 入ってきたときには気づいていた。 京の顔から生気が失われていたので、すぐに分かった。 「ため込んでいいのはお金だけだって。」 よく分からない言葉を京にかける。京は何のことがさっぱりだ。 「好きも嫌いもさ、口に出さなきゃ伝わんないのよ。」 京の顔色が青くなったり赤くなったりしている。 「大事に仕舞ってるから、ほかの男に獲られる。」 肩を透かして知った顔で花音は言う。 「な…な…」 酸素不足の金魚のように口をぱくぱくさせ、言葉にならない音を発している。 「はーい、お茶でございまーす。…京さん酸欠ですか?」 お盆に湯飲みを乗せた小夜子が給湯室から戻ってきた。 「小夜子お座り。今いいとこだから。」 お茶を受け取り、何やら楽しそうな冠城が小夜子を座るように促す。
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