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そう呼んだ声も、実に澄み渡っていた。
「え」
「ああ、捕虜になっておった」
清作は消えたその日と全く変わらない井出立ちで其処に立っている。
均等がとれた大柄の体で。水分量の多い純真な瞳のままで。
戦服はやはり全体的に黒くあちこちが破けているし、血痕と思わしき赤黒い模様が胸を中心に掛かっている。
しかし。
彼の穏やかな笑みを見た瞬間、地獄から帰ってきたことを忘れてしまった。
「薄情だな、命からがら戻って来たというのに」
いや、断じて忘れてはならない。
彼は還って来てくれたのだ、私たちの元へ。
「母さん! 兄やが生きていた!」
私は赤ん坊の態勢でガサガサと床を這いつくばって清作の横を通り抜ける。
背後から愉快な笑い声が聞こえてきたが、歓喜が喉元まで這い上がってきて止めどなく涙が溢れた。
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