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私の一番目の兄――清作は、その名のごとくとても清らかな心を持ち合わせ、一寸の濁りなき澄んだ瞳で世を見る男であった。常私たち家族の先陣を切り、戦火の煙で暗く淀んだ日々に一筋の光をもたらす。
そんな兄はやはり、私たち家族を守るためお国のために散った。
予想通り終戦し、清作がいないむさくるしい家族が始まった。
野蛮な兄、猛、茂に引きずられ闇の市に手を染め、金を巻き上げた後女を買う。散々悪さをした後にモルヒネで朦朧としたまま帰って、汚い毛布に包まる。
母はというと、食事もろくに作れない状態で使い物にならない。
終戦と同時にがくっと精気を失い床に伏せ、蝋人形のように転がっている。そのどうしようもない姿を見ていると、無性に腹立たしくなって蹴とばしたい衝動にかられる。
朝っぱらから出て行った父はというと微々たる食料の収集に励みに出て行ったきり。今日も隣町の意地汚い大柄の男に嫌味を垂れ込まれ、帰り道に石ころを蹴とばして帰ってくる。
泥土。泥土家族――泥土で塗りたくられ、虫けら以下になった我が国。
そんな言葉が頭に過る。無論、私が一番そうだ。
陸軍曹長――兄――そして私の初恋の百合子が死ぬまで慕った清作は、真っ新なまま、カンカンの夏空に風となって消えた。
なんと幸せな男であったか。
縁側の近くで団扇を仰ぐ。
目に差し込んでくる陽光を睨みつけていると、微かに畳が揺れた。
「忠雄、帰ったぞ」
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