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「お母さん、醤油とって」
次男、凌空の声に、
「はいはい。……あら、もう少ししか入ってないわね」
母の晴子が顔をしかめる。
「えー、目玉焼きぃ?」
今しがた起きてきたばかりの長女、紫音は、
「私、卵焼きが好きなのにー」
緩いボーダーのシャツに、黒のルーズテーパードパンツという一見すると少しだらしなく見えるようなラフな格好をしながら、すました顔をして糠漬けに箸を伸ばしている母を睨んだ。
「あら、不満があるなら食べていただかなくて結構よ。私が若い頃なんて、20歳を過ぎたら自分でご飯くらい準備してました」
そう言いながらニンジンの糠漬けを箸で摘まみ、口に入れた母は、コリコリと小気味のいい音を鳴らしながら小さく息を吐いた。
「何十年前の話してんの?」
ダイニングテーブルに腰掛けながら紫音が鼻で笑ったところで、
「25年前かな。俺が生まれた頃だろうから」
キッチンに男が入ってきた。
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