『認識のズレ』

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『認識のズレ』

『まあ、ルピンデルなら私の知らないことを知っている可能性はある。特に地理については。しかし彼女にはあまり君の件には関わらせないようにしたいのだがな……』 『いや、良くわかんねえけど、その人にも聞いてくれよ』 まあ、一応は訊ねてみるが、期待はしないでくれ、とシャスは言った。 『あの、念の為聞いとくけど、電話とかインターネットとかそういうものも無いんだよね?』 この部屋の中にもそういう類の物は見当たらない。なんというか、雰囲気的にありそうにない。 『うん……おお! なるほど。うんうん。通信手段か! 大したものだな! さすが古代人』 『さすがって?』 『君の時代は魔法の技術によって、とても発達した文明を持っていた、と我々は考えている。だからここで君達の遺跡を発掘し、少しずつ調査をしているわけだ』 この女、本当に頭がおかしくて、ここは精神病院か何かじゃないだろうな? と一瞬考えて俺はドキッとした。 この目の前の女、シャスは他人の心を読めるヤツなのだ。 『ん? どうした?』 不思議そうな顔で俺を見ている。どうもさっき俺が考えたことは読んでいないようだった。 そういえば初めてここでテレパシーで話した女も〝知られたくないことは拾わない〟とか言っていたし、礼儀みたいなものはきちんとしている土地なのかもしれない。 電話の存在も知らないような田舎で、テレパシーが使える住民がいる地域……。そんなところがあるのだろうか。 インドの山奥とか、そういうイメージだ。あくまで俺のイメージだが。 『時に君は、勉学はやるほうか?』 『勉強? 全然。俺学校あんま行ってないんだ』 なるほど……と言って、シャスは初めて神妙な顔つきになった。 『その……本を読むのは好きか?』 『好きじゃない。全然』 俺はマンガですらあんまり読まない。 『そうか。困ったな』 『何が?』 俺が訊ねても、シャスは真剣な面持ちを崩さず黙ったままだった。 『いや、さしあたって君にはこの学校に入学してもらおうと思っていたのだが』 『な、何で?』 『君の処遇が難しいことになっていてな。とりあえずここの生徒になれば寮に入れる。衣食は確保できるわけだ』 『うん、別にいいけど』 特に断る理由はなかった。 『しかし手続き等が面倒なので、私がスカウトしてきた特待生ということにしようと思うのだ。君が優秀だから』 『俺全然優秀じゃないよ』 『わかった。どうするかな……』 顎に手をあて、考え込んでいる。 『うん、そうだな。君は一旦幼年組に入れることにする。そこでまず言葉を学ぶという建前だ。君は私が出張中に見つけてきた異民族ということになっているからな。何か難しいことを聞かれたらわからない、と言え。記憶を失っているとか何とか言えばいい。まあ三ヶ月……延ばせて五ヶ月だ。その猶予期間の間に必死で勉強して優秀になってくれ』 『ちょ、ちょ、ちょっと待って』 話が急すぎてついていけない。 『幼年組ってその、ガキの中に混ざれってこと? ヤだよ、ガキのお守りなんか。言葉だけ教えてくれるようなとこないの?』 『そんなものはない。言語学の研究室ならあるが』 にべもない。 『それに勘違いしてはいけない。お守りをされるのは君のほうだ』 『そりゃそうかもしんないけど……。あと、記憶を失っている、ってのはどういうこと?』 俺はさっさと日本に帰りたいし、ここで素性を隠す理由もないのだ。 『君が古代人だということは、あまりおおやけにならないほうがいいんだ。私の作った設定を話してもいいが、君はまだここの勝手もわからないだろうし、そういうことにしてしまったほうが簡単で良いと思ってな』 『その俺が古代人、って話なんだけど、多分違うと思うんだけど……』 これでも俺は、遠慮しながら主張している。 『君がそう思っているというのは貴重な証言だし、その可能性は捨てきれないが、今のところ最も蓋然性の高い答えは、君が古代人だということなんだ』 古代人……もしも俺がこの女の言う通りの人間だとすると、ここは俺にとっては未来の世界ということになるが……やっぱりそんな気はしない。 『あと、色々落ち着くまで学外には出ないようにな』 「はあ?!」 思わず素で声を出してしまった。 『まあ不満もあるだろうが、我慢してくれ。現在アーヘン周辺地域での古代人の立場は非常に微妙なものなんだ。正確には古代の技術、魔法に関してだが。率直に言うと、我々はあまり外にそれを出したくないと思っている』   『俺そんなの全然知らねえから大丈夫だって!』 『しかし、君も一応古代人だしなあ……』 ダメだ。埒が開かない。 『ここらへんの事情は複雑だからな。まあ、おいおいわかっていけばいいさ。君が入るクラスの教師も心のやりとりが得意だからな。意思疎通は問題ないはずだ』 その教師もテレパシーが使えるということらしい。 なかなか便利そうなので、俺も日本に帰るまでに覚えたい、と思ってその旨伝えたら 『うん……。ま、おいおいだ。おいおい』 と、シャスは曖昧に応じた。
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