『暗がりの五人』

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『暗がりの五人』

星の瞬きが、連なる屋根に降りそそぐように見えた。 今この、幾人かの男女が集っている室内にも、中央辺りに星のような静かな光が浮かび、周囲を明るく照らしている。 「しかし……魔術の光というものは何度見ても風情がありませんな……。明るいことは明るいですが」 憂鬱そのものといった表情で、長い黒髪を掻き上げながらクーが呟いた。特に理由があって、このような態度をとっているわけではなく、この男はいつも何かを愁いている。彼の生国であるメイクトの民はいつもこの世と人生を憂いている、とは他国の里謡にも歌われるところだが、彼を見た者はその俗言を頭から信じてしまうことだろう。 「そう、捨てたものでもありませんよ。ほら……」 女の声が響き、その細い指をつと動かした。 宙の光が真ん中で分かれるが、一瞬後に二つとも元の大きさと同じになる。つまり、二倍の明るさになったわけだ。 もう一つのほうの灯は、女の指の向くほうに音も無く移動する。 ゆっくりと下降し、床近くで停止した。ぼんやりと小汚い男の顔を照らしている。一見したところ若い。まだ十代だろう。 「こんな風にも使えます。普通の炎と比べ随分と融通が効くでしょう?」 「便利なことは認めておりますよ、シャス女史」 クーは、いかにも自分の意が通じない、と言いたげにかぶりを振った。見ようによっては無礼にも見えるのだが、この場の者は皆慣れっこである。 「しかし……大丈夫なのですかな? その……。床は。焦げ目がついたり……火事の心配などありませんか? シャス殿」 シャスと呼ばれた見目麗しい女性は、問いを発した老人に対しもの柔らかな微笑を湛え、 「ご安心を。この灯、今は熱を持っておりませぬ。わたしが制御しておりますゆえ」 と、長閑に言った。 身振りすると、色素の薄い皮膚にゆらめく魔光が微妙な陰影を作る。 「不安になりますね」 口の端を少し曲げ、フフッと笑った女はルピンデル。この中では一人だけ浅黒い肌をしており一際目立った。 シャスは何も言わず、涼やかな目元を僅かに曲げて苦笑した。ルピンデルは、ここアーヘンでもその貪欲な知識欲の赴くままに振舞っている。この中では、シャスに次いで魔法や遺跡に精通していることはこの場の誰もが認めるところなのだ。 要するに不安など無いとわかっていて冗談を言ったのである。 「しかし……なんと言いますか……。品の無い顔をしておりますな、この男。男でよろしいのでしょう?」 でっぷりと太った年嵩の男は、自らの弛んだ顎を不安気に撫でながら言った。顔の皺に埋もれ、瞼が開いているかどうか定かではないが、口を開いたところをみると眠ってはいないようだ。 「ええ、生物学的に男と言って差し支えないですよ。ヴァシリ殿」  シャスは穏やかに答えたが、ヴァシリと呼ばれた男は顔を顰めただけで、無言のままである。この男、ここに居る者達の中では最年長だけに新規な物事に対しては一番慎重であった。 「それはしょうがないですよ。古代人だからと言って、皆が皆良い暮らしをしてきたわけではないだろうし……。もしかしたら、他所の土地から連れてきた奴隷かもしれません」 屈託なく喋っているのは、エセルという男だ。シャスと性別を越え似た雰囲気を持っているのは母国が同じだからかもしれない。ただ、生まれ持ったものなのか後天的なものなのか、周囲に喋り方や声質がどうにも軽薄な印象を与えてしまうのは免れ得ない。 「美醜の感覚はまあ……場所や時代によって異なるものですから、当てにはならないでしょう。私としては彼の内面を見ていきたいと思っているのですけどね。もちろん研究対象として、という意味もあることは否定しません」 「いや、ですから内面の話をしているのです。この男の美醜などに興味はありませんよ。その、多少なりとも人間の本質は外側にも表れるものでしょう?」 「その辺りは研究中です」 クソ真面目に答えるシャスをちらっと見遣り、ルピンデルは面白そうに咽喉を鳴らした。 「本筋に戻しませんか?」 クーは手をパンパンと叩き、皆の注目を集める。 「シャス女史の意見は良くわかりますよ。本当に彼が古代人だとすれば、貴重な資料……と言いますか、情報が得られることは間違いないでしょう。女史の学校で進めている研究のためには非常に役立つでしょうな」 「学校のためになる、ということはひいては皆さまのためになる、ということでもあります」 それについても異存はありませんよ、と五月蠅そうにクーはシャスに返した。 「ただ、問題はその後です。これは方針として固めておいたほうが良いでしょう。彼をアーヘンの市民として受け入れるのですか? 住居や仕事を与えて? 家族を作ることを許すのですか?」 「百年ののちには、彼の権門がアーヘンを牛耳っている可能性がありますね」 エセルはあくまでほがらかに言ったのだが、笑う者はいない。身体を動かした拍子に手首に着けている金色の腕環が空しく鳴った。 「気の利いたジョークをありがとうエセル。あなたのしがらみのない態度は、真夏の夜の涼風のように私たちの緊張をやわらげてくれたわ」 無感動な様子でルピンデルが呟くと、今度はシャスだけが大きな口を開けて笑った。 「思うのですが……シャス女史がどうにかして必要な情報を得てしまえば、あとはどこへなりと放逐してしまえば良いのでは?」 ヴァシリは顎を撫でながら眉根に皺を寄せる。それは良くない! とシャスが慌てて口を出した。 「調べてみなければわからないことですが、何か危険な技術や知識を持っているかもしれません。調査が終わった後でも、我々の管理下にあることが理想です」 「そうですよヴァシリ殿。ここの研究成果……遺跡の技術は可能な限り外に出さない、というのが今の私達の共通認識のはずではありませんか。もう眠くなっているのでしょう?」 めげずにエセルが発言すると、 「夜も更けてきましたからね……。まあ、記憶を消すなりなんなりシャス女史ならその方法を知っていると思ったのですよ」 と、言いヴァシリはわざとらしく欠伸をする。
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