『彼の処遇』

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『彼の処遇』

「では、どこかに閉じ込めるとか?」 「まあいっそのこと、一思いに……という方法もありますね」 「待ってくれ」 クーとルピンデルの会話を、シャスが遮った。 「冗談にしても、物騒なことは言わないでほしい。彼も古代人である前に一個の自由意思を持つ人間……まあ、少なくとも生き物であるということを忘れないでほしいんだ」 「学長の思想に異議を唱えるわけではなく、あくまで問題提起と捉えていただきたいのだけど……彼を生かすことになった場合、その資金はどこから捻出するおつもりですか?」 ルピンデルの発言を受け、エセルの乾いた笑い声が室内に響いた。 「これは苛烈な意見だ! アーヘンの経済状態からすれば、一人の人間にその寿命を全うさせるくらいの資源など微々たるものではありませんか。古代人の命にはビタ一文払いたくないと仰る?」 「そうではないのよ、エセル」 ルピンデルは大きな瞳を発言者に向ける。その目は憐れみを湛え、魔性の潤みを帯びているように見えた。 「助成金を使った場合、記録につけなければいけないでしょう? 四ヵ国の監査が入れば古代人の存在がバレてしまうわよ」 「なるほど、かと言ってアーヘンの公金を使えば城下の商人どもに説明せぬわけにもいきませんからな……」 「商人たちは自らの利益を損ねるようなことはしませんよ」 憮然とした様子で、クーが口を開いた。 「いや、誰がどこで耳をそばだてているかわかりません。なるべく人口に膾炙しないほうがいいでしょう」 「待ってくれ。少し私にも喋らせてくれないか」 シャスの凛とした声が響くと、みな口を閉じて注目する。 「その辺りについてはもう考えてあるんだ。彼はまず学校の寮で寝泊まりしてもらおうと思う」 ほう、とヴァシリが息を吐いた。 「寮……名案かもしれませんが、寮の管理人や生徒達にはどう説明します?」 「ええ。ですから我が校の生徒として受け入れようと思うのです」 途端に座がどよめく。 「しかしその男、生徒にしては歳が少し……。いきすぎておりませんかね?」 ヴァシリが、ちらりと床に転がっている男に視線を向けた。十代後半いったところだろうか。 「ええ。私がアーヘンの外に出た時に、放浪民の中から優秀な者をスカウトして入校させたことにしようかと。そうすれば、歳のことや言葉、出身の問題をある程度クリアできると思います。まあ、既に実際そういう者もいますし……」 「衣食住は確保できるわけですね。しかし、学費はどうしますか? 一般の金銭感覚からするとかなりお高いと聞いていますが……」 「〝学長の権限で特別免除〟で良いのでは? シャス女史が既に実際スカウトしてきた生徒もいるわけでしょう?」 ヴァシリの言を受け、ああ、とシャスは否定の声を上げた。 「私の説明不足でしたね。スカウトは実質ほぼ私一人でやっているのですが、彼らは奨学生という扱いになっているのです。学費は奨学金で賄っている状態ですよ。ですからそのための試験も通っています。試験の採点は私一人でやるわけではないし、複数人を相手の面接もあります」 「その……奨学金はどこから?」 「城下の商工会です」  「ふりだしに戻る」  エセルがぼそりと呟くと、今度は少しだけルピンデルにウケた。 「うん……それでは、オルソーが四ヵ国外にいた遠い親戚の子を私に推薦してきたことにしましょう。学費も表向きオルソーの家が負担するという形にすれば……」 「オルソーとは?」 「学園領の請負代官ですよ」 ヴァシリとエセルが小声で喋っている。 「ああ、学園領のあがりをあてるわけですね」 ルピンデルは軽く鼻を鳴らした。 「学園領の税収は確か特別会計でしたね……。それでは、私がポケットマネーから古代人の学費を半分受け持ちましょう。そのほうが何か起こった時言い抜けやすいでしょう」 「これはどうもご親切に。ご厚意、痛み入ります」  相変わらず無愛想な様子のクーに、シャスは神妙に礼を言った。 「オルソーを一枚噛ませておくのは名案だわ。学校がダメになったら取りあえず学園領に放りこんでおけばいいし」 呟くルピンデルを尻目に捉えながら 「では……これで一旦この件は解決ということでよろしいですかね?」 クーが確認をとると、皆賛意を示し、ほぼ一斉に席を立った。 「のちのちトラブルの元にならなければいいですが……」 「シャス女史の強引さにしてやられましたね」 エセルは軽薄な身振りでヴァシリに調子を合せている。 「……強引だったかな?」 シャスはさほど気にした様子もなく、ポツリと言ったのだが 「あなたらしくて良かったと思うわよ」 ルピンデルは律儀に応じた。
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