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『門の外』
俺は、もう来るなよ、と映画のような台詞に背中を押されるようにその門を出た。少年院、俗に年少と言われる場所の出入り口だ。
「出迎えも無しか……」
案の定ジジイは来ていない。特に感慨は無かった。
期待していたわけじゃない。期待してたわけじゃないんだが。
俺は小さく舌打ちして……特に何もするわけじゃなく、トボトボと歩き始めた。
半ば予期していたことではあったのだ。特に出所間際になっても、誰からも連絡がきたわけでもなかった。
ジジイの他には身内なんていないので、ジジイから連絡がきていないのなら誰も俺を待っていないのは当たり前なのだ。
どうも、いきなり広い天地にポーンと放りだされたような、掴みどころのない不安感だけが胸に渦巻いている。開放感があるといえばあるが、それは頼るものがこの世に何もないということでもあった。
がんじがらめに縛られているのはイヤだが、命綱くらいは欲しいものだ。
しょうがない。
本当に気が進まないのだが、俺はジジイの家に行ってみることにした。なにしろ今日どこで寝るかも決まっていないのだ。
受け入れてくれるか、と言われると難しい気がするが少しくらいなら金をくれるかもしれない。
もしかしたら、二・三日なら家に置いてくれるかも……。
俺は薄い希望に縋るように、ジジイの家を目指し、ジジイの住んでる田舎行きの列車に乗った。それぐらいの金は持っていたのだ。
車窓をぼんやり眺めていると、緑が多くなりだんだん家が少なくなってくる。気のせいかもしれないが、空気もだんだん美味くなってきた気がした。
「田舎暮らしってのもいいのかもしれねえな」
俺はふと、こんな言葉を漏らしていた。まあ、シャバというだけでどこでも天国みたいなものではあるのだが。
「てめえ! どのつら下げて来やがった!」
俺は何の合図もなく、いきなり戸を開けたジジイに思い切り顔面を殴られた。
「い、いきなり何すんだコラァ!」
俺も負けずに怒鳴り返したが、尻もちをついたままなのでサマにならない。
「折角シャバに出たから顔見せに来てやったんだろうがぁ!」
本当は援助して欲しいから来たのだが、俺は空気を読んだ。
予想に反して、ジジイは俺に顔をグッと近づけてきた。
「んんー……相変わらずマズいツラだなあ」
ため息をついて、曲げていた身体を起こす。
「オラ、見てやったぞ。さっさと帰れ帰れ」
「か、帰れっつったってどこに帰れってんだよぉ!」
俺は実家も無いし、身寄りはこのジジイしかいないのだ。考えれば考えるほど胸糞が悪くなる。
「んなことは俺に言われても知らん。お前勘当されてんだぞ。わかってんのか? 勘当ってわかるか?」
そういえば裁判の時か何かに、ジジイにそんなことを言われた気がする。
「わかるよ、縁切ったってことだろ……。別に縁は切ってもいいからよ、ちょっとその、援助してくんない?」
ジジイはものも言わずに戸を閉めやがった。
「死ねー!」
俺はその辺の石ころを玄関に向かって思い切り投げつける。派手な音を立てて、戸のガラスが割れた。
「コラァー! 何してんだぁ?!」
多少の気は晴れたが、このままではジジイに死ぬほど殴られる。俺はツバを吐いて一目散に逃げ出した。
俺は坂道を走り、町へ降りた。
年少に行く前はジジイのところに住んでいたわけなので、当然この町にも馴染みはある……はずなのだが、ちっともそんな感じがしない。建物も人も、何だか他人みたいによそよそしく感じる。
「ちっきしょう……ったくよぉ」
俺は意味のない言葉を吐き出しながら、建物の陰でゆっくり身体を休めた。
しばらくして息も落ち着いてきてから、俺は歩き始める。どこに行く当てもないのでその辺をブラつくだけだ。まあ、徘徊って言われるやつだ。
これからどうするか。どこか住み込みで働けるとこでも……。探せばあるかもしれない。取りあえず住むところを確保しなければ。
色々考えながら歩いていると、俺はいつの間にか住宅街を歩いていた。ハハッと思わず鼻で笑ってしまう。俺は本当に無意識に歩いていたのだ。大通りやビル街は人通りも多いし、やりにくい。
俺は元々住宅街で泥棒をやっていたのだ。
もう盗みはやるつもりはなかったし、一応真面目に働こうと思っていたのだが身に着いた本能のようなものが、俺をここに向かわせたらしい。
……勤め人はそろそろ帰ってくる時間だろう。俺のお勤めはちょっと無理だ。今は。
俺は、何気なく周囲の家の様子を見ながらブラつくことにした。金がありそうなところ、警戒が甘そうなところ。
……しょうがないではないか。今日泊まるところも明日食う物もないのだ。本当に気は進まないが、一番得意なことで稼ぐしかない。
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