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『救助?』
……何か、囀るような音が聞こえる。鳥か? 朝になったのか? ぼやけた頭がハッキリしてくるにつれて、俺はそれが人の声だと気付いた。
「おーい! ここだー! 助けてくれー!」
俺はここぞとばかりに必死で叫んだ。このチャンスを逃してはならない、と焦っている。
「出してくれー! 頼む―!」
何か相談しているような声が上から聞こえてくる。何を言っているのかよくわからない。が、こちらの声は届いているらしい。
「おーい……」
上のほうで、ずずっと、重い音がして何か動いた。しめた! ガレキを撤去しているのだ!
「ここだー!」
だんだん明かりが漏れてくる。今は昼らしい。何か、スポンジか何かのようにひょいひょい俺の上のガレキが片付けられていくのがわかった。身動き一つとれなかったのが嘘のようだ。
また一つ、ひょいっと、ガレキが片付けられ俺の身体が外の空気に触れた。
何かおかしい。ガレキというよりも、大きな形の整った石の塊が俺の上に乗っかっていたようだが、俺が潜り込んでいた家は日本式の古い家で木造だったはずだ。
いや、それよりも綿みたいに、石の塊がふわっと浮いたように見えたのだが……。まあ、クレーンか何かで吊っていたのだろう。
やがて、石の塊は全てなくなり、俺の身体は自由になった。何か妙な格好をした連中が俺を見下ろして何か喋っている。
俺はここでまずいことに気がついた。救助に来ているのなら、警察もいるのではないだろうか。俺はそもそもかっぱらいをやって見知らぬ家の床下に逃れていたのだ。
そうだ、石をかくさなければ……。俺はふところをまさぐった。風呂敷は出てきたが、中身が無い。俺は一瞬慌てたが、無ければ無いほうが良い。俺は覚悟を決めた。
もしかしたら俺を追いかけていた連中の一人もいるかもしれない。誤魔化せるのならば誤魔化せばいいが、場合によってはお礼も早々退散しなければならないのだ。一応命を助けてくれた礼くらいは言いたい。
「いやー、わりぃわりぃ。世話んなったなぁ」
俺はできるだけ愛想よく笑いかけた。上の連中は何か複雑な顔で俺を見下ろしている。
上にいる人間達の一人に手を引っ張られ、俺は地上に出た。俺を引っ張り上げたのはがっしりした男で、力は強そうである。なんだかちょっと猿みたいな顔をしていた。
「助かったよ、ありがとう」
俺は出来る限り友好的な雰囲気を出しながら、こう言った。連中は妙な顔で俺を見ている。やがて奴ら同士で何か話し始めた。
『外人か……』
改めて見てみると、色んな人種の混合部隊みたいな感じだった。やつら同士で話しは通じているようだが俺にはさっぱりわからない。英語なら、OKとかYESくらいならわかるが、聞いている限り俺のわかる単語はさっぱり出てこなかった。
途方に暮れていた俺は、ふと周囲の景色の異常さに気付く。地震の後なので、ぐちゃぐちゃになっているだろうな、くらいは予想していたが、それどころではない。
建物が無かった。樹がたくさん生えている、昼でもなお暗い森のような風景。
「なんだこりゃ……」
地震と台風がいっぺんに来てもここまで変わることはないだろう。何がどうなっているのかさっぱりわからない。
「な、なあ、あんたらどこの人? 日本語わかる人いる?」
俺は身ぶり手ぶりをまじえ、これだけの言葉をやつらに向かって発してみた。
連中は、誰一人例外なく困惑している。冗談じゃない。この場で一番困っているのは間違いなく俺だ。
「ちょっと……えー、どぅ、どうーゆーすぴーく……」
俺が聞きかじりの英語を試そうとしていたら、連中の一人が一歩前に出た。前髪で顔が隠れていて、もっさりした服を来ているのでよくわからないが、どうも女らしい。
『落ち着いて……口は使わなくていい』
そう言いながら、女は自分の口を指でさした。
「はあ?」
『口には出さなくていい。頭の中で……考えてみて。私に伝えたいこと』
「何言ってんの?」
『私の口、良く見てみて。動いてないでしょう?』
女は辛抱強く俺に語りかけた。
『あなたが何か伝えたいことがあるなら、それを考えれば私が拾う……。安心して。知られたくないことは拾わないから』
俺は女に言われた通り、見てみた。確かに唇は動いてない。なんだか腹話術を見ているような妙な気持ちだ。
『こ、こんな感じでしょうか』
『うん。そうそう』
「うわあっ!」
俺が頭の中で考えていることに、返事が返ってきたのでびっくりした。すごく気持ちが悪い。
一人でいる時にこんな現象が起こったら気が狂ったと思うだろう。テレパシー、という言葉を聞いたことがある。心の中のことを読んだり伝えたりするような超能力らしい。これもそのようなことなのだろう。
『あの、あんたらってなにじんなの?』
『え? なに?』
どうも意味が伝わってないらしい。テレパシーもなかなか難しい。
『えー……あんた達ってどこの国の人なの?』
今度は意味が伝わったらしい。しかし、目の前の女はとても微妙な表情をしている。後ろを向いて、仲間たちと何か相談しはじめた。
『ちょっとそれ難しい質問なんだけど……。強いて言うなら〝アーヘン〟かな』
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