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さっきまでの考え事は一旦部屋の端に片付けて、千花の持ってきたアイスをひとくち頬張った。キンと頭を貫く痛みに顔を顰めれば千花がその真似をして私を揶揄う。くるりと回したゲーミングチェアの勢いで千花を蹴ろうとするも足が届かなくてさらに笑われてしまった。こんな朝が、私たちにはたまに訪れる。中一から高一に至る現在までを不登校として過ごしている私の家にサボりに来る千花、という図が自然とできあがっていた。
そして私はというと、重力を取り戻したかのような感覚に陥っていた。これもいつものこと。さっきまでふわふわと浮いていた世界が重力を取り戻して私の元へ降りてくる、そんな感覚。千花が来ることでぼやけていた輪郭がハッキリとして自分が人間であることを思い出させてくれる。だから今私はとても上機嫌だった。
「七湖、なんか楽しそうじゃん」
「別に。普通だよ、普通」
長いこと一緒にいる幼馴染だとしても上機嫌の理由が貴方なのだと言うのは容易くはなかった。濁したままの回答を千花はまた揶揄いながらも流してくれる。こんなゆるりとした関係が私は大好きだった。六畳の子ども部屋だけが世界な私にとって、千花の存在はとてつもなく大きなもので、欠かせないものだった。だから。余計に比べてしまう。自分と千花のことを、境遇を、性格を、日々を。ひねくれた私のことだから、情けで相手をしてくれているのではないかと勘ぐってしまう。目の前にいる千花はこんなにもあっけらかんと笑っているというのに、私は何を疑っているんだろう。私のヘッドフォンを身につけて音の大きさに顔を顰めた千花が面白くて私も笑う。こんな、そんな、平和で穏やかな日々に何を私は臆病になっているんだろうか。
「千花」
「んー?」
「……いつもありがと」
「……ふふっ、良いって今さら」
珍しく変わった空気がふたりの間に流れた。少しぎこちなくて、温度の違う空気が狭い部屋の中をゆったりと流れていく。手持ち無沙汰なのか、千花はコンビニの袋の中をガサゴソと漁りながらどこかで聞いた覚えのある歌を口ずさんでいる。
この生活を私はあと何年続けるのだろうか。あと何年、千花はこの部屋に来てくれるのだろう。広がり続ける千花の交友関係の中で邪魔にならないだろうか。置いてかれや、しないだろうか。部屋の隅に置いたはずの考え事がまた頭の中に戻って頭痛に変わる。今度はアイスで起きた甘い頭痛なんかじゃなくて、溶けることのない苦いそれだった。
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