2人が本棚に入れています
本棚に追加
目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からないくらいには部屋が真っ暗で、千花が帰ったことによる浮遊感の再来とともに私を迷子にさせた。やっとの事でここが布団の中なのだと気づいてそこから抜け出す。もうすぐ秋が来るというのに私の首周りはじっとりと汗ばんでいた。微かに上がる息を整えてゲーミングチェアに座る。PCの時刻を確認し、ほっと息をついた。大丈夫、まだ配信の時間まで少しある。親たちが寝静まったのを確認してからリビングへ降りた。ダイニングテーブルにはラップが掛けられたオムライスがひとつ、置いてある。これは配信が終わったら食べよう。オムライスの横に置かれていたメモをポケットにしまってから、冷蔵庫の中から水を取り出し部屋に戻った。
時刻は0:00、配信が始まる時間。いつものように準備を終えた私はヘッドフォンをつけてPCと向き合った。
「こんばんは」
私の代わりに動くアバターが画面の向こうの人達に向かって挨拶をする。それに合わせて動くコメント欄。うん、今日も集まりは上々。されど上がらない気分は、どうしようか。今朝の千花とのやりとりが頭を掠めたまま進む配信は何をしていても楽しくはなかった。
「一旦休憩入れるね」
音声をミュートにしてヘッドフォンを外した瞬間、小さな音の振動が机を伝って私に声をかけた。ブー、ブー、と鳴り続けるスマホの画面には『千花』の文字。普段なら配信中には絶対に取らない通話も今なら話が違った。
『どうしたの?こんな時間に』
『下、下!降りてきて!じゃ!』
千花はそれだけを伝えてそそくさと通話を切ってしまった。何なんだ、一体。長くミュートにしていることを心配するコメントがちらほら出てきた頃、私は配信と千花を天秤にかけて後者を取った。
「ごめんみんな、ちょっと体調が悪いから今日はここまでね」
体調を心配するコメントの中に、心無いコメントも流れていったが無視をした。長年配信をしていればそんなコメントに対して相手をしても無駄だと分かってくるのだ。とはいえ、今日の切り方は急すぎた。このモヤモヤを抱えたままでなければこんなことしなかっただろう。
千花が下、と言っていたことを思い出し、重く分厚いカーテンを少しだけ開ければ、夜を照らす青い光が部屋の中を斜めに照らした。2階のこの部屋から下を見下ろすと、そこには当たり前のような顔をした千花が手を振って立っている。この季節にもなれば深夜の外なんて寒いだろうに。私は慌てて階段を駆け下りた。いつもなら親たちを起こさないように静かに降りるはずの階段も、パタパタとスリッパが音を鳴らして駆け抜けていく。
最初のコメントを投稿しよう!