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具体的な答えが出た訳じゃないけれど、私の頭の中はすっかり整理されていた。いつまでもこの生活を続けていられない、そう思うなら行動に移してみようか、なんて強気なことまで考えられてしまう。夜が背中を押してくれるおかげか、千花が連れ出してくれたおかげか、きっと後者だ。夜は背中を押すが、きっとそれだけじゃ進めなかった。手を引いて連れ出してくれる人が居なければ私はこんなふうに進めやしなかったから。
私は走った。走ることで線になっていく街の灯りがすごく綺麗で、出せる体力の全てを出し切って家まで走った。
家の前にはお母さんが居て、私を見つけて駆け寄ってきてくれた。ああ、本当に心配ばかりかけてダメだなぁ。
「おかえり」
「ただいま。明日から私、学校行くから」
そう言った私の肩を優しく包み込むように抱きしめてくれたお母さんは、静かに頭を撫でるだけ撫でて、部屋に戻っていった。
夜を振り返り、落ちて来た世界をもう一度目に焼きつける。これからはここで生きていくんだから。ここで、取り残されないように必死に藻掻くんだ。
キィ、と小さく鳴った音と共に夜を閉じた。これが本なら、今は栞を挟んだところだろうか。スマホを取り出し千花にメッセージを送る。千花、これ見たらびっくりするだろうな。私が学校行くなんて。
「おはよ七湖」
「ん〜……んえ?千花?」
「もう!学校行くんでしょ?支度しないと間に合わないよ」
千花を驚かすどころか私が驚いてしまっていては意味がないのに。重たい瞼をこじ開けながら、真新しい制服に袖を通していく。今までやっていた課題と教科書をテキトーに詰めて、ようやく準備が出来た。
「はあ、疲れた。もう帰りたい」
「言うと思った」
開かれた遮光カーテンからはこれでもかと朝日が入り込んできては私たちを照らす。その眩しさに目を瞑れば、ぼんやりと瞼を通して灯りが漏れる。
「ほらほら寝ない寝ない」
「違っ、寝てない!」
「言い訳は聞きませーん」
ドタバタと階段をおりてダイニングテーブルに向かえば、朝ごはんが2人分。私と千花の分だ。
「食べていきなさいって言ってくれてさ」
「ありがと、お母さん」
「お父さんも喜んでたわよ」
そう言いながらやたらと嬉しそうなお母さんと、2食目らしい朝ごはんを頬張る千花に囲まれて食べる朝ごはん。朝ごはんなんて食べるのはいつぶりだろうか。いつもはお昼に起きて作り置きのご飯を食べていたから。
正直、不安が無いわけじゃない。4年間不登校だったこの差は他の人と比べても埋まらない。でも、きっかけがずっと欲しかった。そのきっかけが今なのだとしたらここは私が踏ん張るところだ。サクッと音の鳴るトーストをリズム良く食べ進め、私たちは玄関へ向かった。
「お母さん、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。千花ちゃん、七湖のことよろしくね」
「はい!もちろんです!任せてください!」
元気の良い声が玄関にこだまする。こんなのも、小学生ぶりだからなんだか不思議な感じがする。
「七湖さ、今度七湖の世界も見せてよ」
「いいよ。あ、まあでも千花にはちょっと難しいかもだけど」
「はー?」
浮いていた世界は2人だけの夜に向かって落ちて来た。それは紛れもなく私たちだけの世界で。あの時のキラキラを私はいつまでも忘れないのだろう。
あの日あの時、真夜中に落ちて来た世界のことを。
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