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荒廃したこの街では人の命が軽い。そう、まるでゴミのように。
「追えぇ! 逃がすな! 絶対にだ! ここで逃がせば終わりだぞ!」
激しく飛び交う怒号と、途切れない銃声。闇夜の都市をサーチライトの強い光が照らし出す。
「どこへ行った?! 照らせ! まだ近いはずだ!」
激しく地面を蹴る靴音が、雑然としたビルの谷間を駆け巡る。
「あ! あそこに!」
誰かが空を指さしたその先に、凧のような物が夜空を飛んでいる。小型のハンググライダーか。
《ぎゃっははは! ザ・ジェリー、ここに参上! じゃあなぁ!》
上空から挑発するような声が降ってくる。
「ふざけやがって……! 撃て撃て! 射殺して構わん! 24時間以内なら何もしてもいいんだ!」
ライフルを持った男たちが慌てて上空を仰ぎ、飛び去ろうとする『凧』を銃撃する。何発かが直撃し、やがて凧がゆっくりと地面へと墜落し始めた。
「落ちたぞ、急げ! 取り返すんだ! 盗まれたのは時価8千万ダラーのダイヤだぞ!」
着地した先で、数十の銃口が一斉に凧を取り囲む。
「手を挙げて出てこい、ジェリー! それとも落下の衝撃で死んだかぁ?!」
男の一人がゆっくりと凧に近づき、落ちた凧の皮膜を取り払うと……。
「に、人形だ! やられた! これはオトリだ!」
中にいたのは、銃撃で穴だらけになった等身大のマネキンだった。
「くそっ! もしや……おい、『あの凧が怪しい』と言ったのは誰だ?!」
振り返るが、男たちは首を横に振るばかり。
「馬鹿どもが……まんまと誘導されたか。あれを怪しいと叫んだのがジェリー本人だったんだろうて」
後ろから現れた彫りの深い顔付きをした男が吐き捨てる。肩に掛けられた白色の長いマフラー、両手の指にいくつもはめられた指輪の宝石がギラリと鈍い光を放つ。
「ト、トーマス様! 早く追わないと! 予告状が出ていた以上、24時間以内に取り返せなかったら合法的にヤツの物になっちまう!」
焦る部下を、トーマスと呼ばれた男が手で制する。
「もう遅い。ヤツはただの泥棒じゃねぇんだ。このイカれた街、スィーフシティで唯一の『S級怪盗士』ザ・ジェリー……一度見失ったら、24時間以内に発見するのは不可能だ」
トーマスは右手にぶら下げていた大型拳銃を背広に仕舞い、「戻るぞ」と肩を落とす部下に告げた。そして。
「ちっ……この借りは必ず取り返すぞ、ジェリー!」
そう吐き捨て、踵を返した。
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