堕ちた天使と人魚姫

4/7

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 人魚は顔を手に入れた。  珊瑚で(ふち)どられた鏡に映るのは、古くから人間に人面魚だと恐れられてきた顔ではなく、光沢のある長い黒髪と真珠のように白い肌だった。  人魚はきゅうきゅうと喜んで、王子様に会いに行った。  夕暮れ時の海にやってきた王子様は、エメラルドの(うろこ)を纏う美少女に目を奪われた。 「君は、いったい……こんなに美しい人魚がいるなんて。人間に近づいて大丈夫なのかい?」 「きゅう!」 「……言葉は話せないんだ。そっか……せっかく来てくれたんだし、僕の話し相手になってくれないかな? ひとりは寂しいんだ」  声と顔立ちにまだ少年のような幼さを残した王子様は、砂浜に座ると、微かに憂いを帯びた口調で語り始めた。 「僕はね、退屈な日々を変えてくれる何かが欲しいんだよ。  王様になんてなりたくない。偉そうにしているだけで、父上は世界のことを何も知らないんだ。僕だってそうさ。生まれたときから箱の中で、息が詰まりそうだ。僕はもっと広い世界が見てみたい。  君はいいなぁ、この広い広い海を自由に泳ぎ回れるんだろう。向こうに見える、あの緑豊かな島にだって、君はその美しいひれで泳いでゆける。うらやましいなぁ。僕も魚になってみたいよ。  ……僕にはね、将来結婚すると決められた人がいるんだ。隣の国のお姫様。美人で、優しくて、お姉さんみたいなんだけど、僕にはもったいないというか……彼女のようなすてきな女性には、心から愛する人と結婚してほしいんだよね……」  そこで、王子様は、人魚の表情がどこか悲しそうなのに気づいた。 「もしかして君も、僕と同じように苦しんでいるの……?」  そのとき、崖の上から、ほがらかな声が王子様の名を呼んだ。 「お父様がお呼びですよ。本当に海がお好きですねぇ」  砂浜に降りてきた優しそうな女性を、人魚は見つめた。王子様の隣にぴったりと寄り添う姿は、夕陽に照らされて美しかった。 「先ほどまで誰かとお話しになっていたのですか?」 「いえ……ただの、独り言です」  王子様は海を振り返ったが、友だちは海に帰ってしまったようだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加