堕ちた天使と人魚姫

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「きゅう……」 「な、泣かないでください……!」  その瞳にぼろぼろとあふれる涙を見て、天使は慌てた。 「王子様はその婚約者を心から愛してはいない。あなたならきっと、王子様と両想いになれますよ。その美しい声と心があれば……」  そこで天使は、人魚の声が聴こえるのは自分だけだということを思い出した。 「きゅう……」 「わかりました。あなたに声を与えます。……何か楽しくなる話をしましょう。あなたが恋をした理由、教えてもらえませんか?」 「きゅ」  人魚は頬を赤らめた。  海に落ちたあの人を、助けたの。  まだ子供で、危なっかしくて、よく海に遊びに来たのをひやひやしながら見守っていた。  たぶん、お城からしょっちゅう逃げ出してきたのね。お付きの人に見つかって連れ戻されるまでの間、わたしはあの人に夢中だった。  隠れてぽろぽろと流す涙は宝石のようだったし、わたしを見てぱあっと無邪気な笑みを浮かべたのが、本当に可愛かったの。  ──あなたはどうしてわたしを助けてくれるの?  その言葉に、天使は微笑む。 「だって。恋の苦しみを味わうのは、僕ひとりで充分じゃないですか」  禁じられた恋だった。恋をしていると、誰にも知られてはならなかった。  神様に知られたら最後、僕は堕天使となり、時が経てば悪魔となる。引き裂かれたふたりは二度と会うことができない。  遠くから眺めるだけでよかったのに、名前も知らないそのひとと手が触れ合ってしまった。  少しのあいだ、言葉を交わして、笑いあって。  その宝石のような瞳の奥に、僕と同じ想いがあると知ってしまって。  禁忌を犯したのは、一度だけ。 「……きゅう、きゅう」  人間と恋ができないのは、あなたも同じなのね、と、人魚が涙声で呟いた。
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