ロータの神殿

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ロータの神殿

 ライベルク王国の騎士ゼキが、両の(かいな)で神殿の石扉を押し開いていく。  ゼキの深緑の瞳が認めた聖域は、酷く寥廓(りょうかく)たるものであった。  人々に忘れ去られ、半ば自然に還りつつあるためだ。そそり立つ幾本もの大円柱、その遥かな高みは象牙色の冬空に(かす)んでいる。  崩れ落ちた天井の破片。永く晒され端から粒子となり始め、神殿の床に風の姿を描いている。  その砂絵に、ひとつずつ足跡を刻む者があった。  ゼキの背後から現れた、栗色のロングケープに身を包む人物。  歩みながら、繊手(せんしゅ)でフードを外し、豊かな髪を全て溢れさせた。  年の頃十七ばかりの少女であった。 「……」  白金の髪は澄んだ翼の如く背に流れ、白い頬には柔らかな生気が宿る。歩を進める度、長い睫毛に縁取られた黄金の瞳が、折り重なる瓦礫の陰影さえ吹き消していくようだった。  黄金の瞳は、神々の血を受け継ぐ王族の証である。 「……」  は、神殿の最奥に至り足を止めた。  脆く崩れゆくばかりの壁のレリーフが、今この時のみ生命を押し留め、うら若き乙女の横顔を彩っている。  そうと知ったであろうが、それに見惚れるゼキではなかった。彼は静かにアウレリアを追い越すと、離れることなく留まった。  均整の取れた長身はほぼ直立である。ただし、左脚を半歩前に踏み出し、外套の隙間から剣の柄を覗かせている。  騎士が鋭く見つめる先には、口の端を淡く持ち上げる女神ロータが在った。台座の上に、人と同寸の石像として佇み、神殿と同じように朽ちかけている。  そしてその足元に、土埃(まみ)れの襤褸(ぼろ)(まと)った老人がいた。  こちらを向いている。が、顔はよく見えない。
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