2人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
煽ったが特に反応が無かったからか、男はつまらなそうに舌打ちをし別の工程へ歩いて行った。
ふう、と胸を撫で下ろし真一が和弘と昼飯の話をしようとした時だ。
ガチャン! と何かが倒れるような音が工場内に響き渡る。
作業の手を止め二人が音のした方を見に行くと、部品を運んでいたカートが倒れ、床には各工程へ運ばれるはずだった部品が散乱していた。
そしてその横にはカートを押していたと思われる女性が倒れ、近くにはあの背の低い軍人が冷や汗をかきながら立っていた。
「大丈夫ですか!」
和弘は音を聞いて集まって来た作業員たちを押しのけ、倒れている女性の元へ向かう。
真一もわずかに間を置いて、それに続いた。
「う……」
倒れた女性は腕を抑えて呻いている、どうやら倒れた時に腕を地面に打ち付けたらしい。
「急いで医務室に運ばないと。真一、手を貸してくれ」
「分かった」
二人は女性に肩を貸し、医務室に連れて行こうとした。
「けっ、バカ女が。ちゃんと前みろってんだ」
男はそう言って額に滲んだ冷や汗を拭う。
自分が飛び上がるほど動揺した事を周りに気付かせないための言葉、それはあまりにも汚らしく、そして的確に和弘の逆鱗に触れた。
「おい……いま何て言った?」
「あ?」
和弘は近くにいた知り合いに肩を貸す役目を代わって貰い、男に近づいた。
「なんだよ、何か文句があるってのか」
「あんたのせいで怪我をした人がいるんだぞ!? 大丈夫ですかとか、すいませんとか言う事あんだろうが!」
「おいおい、そっちがぶつかりそうになったんだぜ。何で俺が謝るんだよ」
「あれが目に入んねーのか?」
和弘は、柱に貼られた注意文を指差した。
そこには『ランプ点灯中は横断禁止』という文字が並んでいる、状況的に男がランプ点灯中つまり部品の運搬中に、カートの進路に飛び出したと考えられた。
その証拠に、カートが過ぎ去った後は消えるはずのランプが点きっ放しになっている。
「ランプだけじゃない、カートが通路を横切る時は音だって鳴るし、カートが通るルートも床に書いてある。どう考えてもお前が飛び出したんだろうが!」
辺りはシンと静まりかえった、和弘の言葉に間違いは一つも無かった。
この工場で働いている人間なら、誰が悪いかは一目でわかる。
この場にいた全員が、言葉には出さないが彼の言葉に賛同していた。
最初のコメントを投稿しよう!