2022/9/23 「秋分の日」

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はっきり言おう。俺は今朝から気分が最悪だった。それは何故か。一つは今日は始業式だということ。もう一つは今日は国民の祝日、秋分の日だということだ。秋分の日なんて誰も何の日か知らないだろう。もちろん俺もだ。けれども国民全員で祝って休むはずの祝日のはずなのに、学校があることが気に入らないのだ。しかも今日は金曜日で本当ならば三連休だったはずなのに。今日ほど外国人の校長を恨んだことはない。しかしあの禿げ頭のおじさんを恨んだところで結果は変わらない。昨日までは夜の12時に寝て昼の12時に起きるという精神的に健康な日々を送れていたのに、今日は七時起き。昨日の夜まで当たり前に残しておいた高校の夏休みの宿題を片付けていたせいで、睡眠時間が4時間しか取れなかった俺はまるで死にかけのセミのようにふらふらしながら登校したのだった。 「おはよー、やっちゃん。宿題終わった?」 「はよー。まじギリギリだったわ。そういうお前はどうなんだよ。」 こいつは同じクラスの志人。いつもよりぼさぼさの髪と目の下の隈を見ると多分徹夜したのだろう。先生があれほど計画的にやれと言っていたのになんでやらないんだ全く。いや、それは俺も同じか。 「やってない、あきらめた。犬に食われたことにする。でも今日祝日なのになんで休みじゃないんだろうね。」 とさっきの俺と同じ疑問を志人がぶつけてくる。 「それな!あれだよ校長先生外人だから、日本の祝日とかしらないんだよ。」 「でもほかの先生は知ってるだろ?わざと休みにしてないんだよ。いじめだよ。教師皆で俺たち生徒をいじめてるんだ。」 徹夜むなしく宿題が間に合わなかったことで可笑しくなったのか、睡眠不足で頭が働かないのか、バカ、アーホ、マヌケと小学生レベルの悪口を口走っている。 「新学期早々バカ丸出しで何してるん?」 小学生用悪口マシーンと化してしまった志人をなだめていると、赤坂が声をかけてきた。 「おー、おはよう、赤坂。こいつはもう放っておけ。手遅れだ。」 「そうか、夏に何かあったんだな志人。そっとしといてあげよう。」 哀れな目で見つめられたことで傷ついてしまったのか、地震訓練のように机の下に潜り込み動かなくなってしまった。 「そうだ、赤坂秋分の日って何の日か知ってるか。」 「そんなの俺が知ってるわけないだろ。眼鏡かけてるが俺はインテリじゃないんだ。でもあれじゃね、秋分とか言ってるんだから秋の訪れに感謝する人かじゃね。」 眼鏡をかけているくせに役に立たないインテリだか、確かにその可能性は高そうだ。しかしまだ九月でまだまだ暑いし秋の訪れなんてこれっぽっちも感じられてはいない。 「でもまだ暑いじゃん。秋訪れて無くね?」 「そんなこと言われてって祝日の意味知ってるのシリか作った人ぐらいだって。」 確かにそうだ。中学までは祝日というだけで休めるためその意味なんて考えたことがなかった。休むことが出来なくなった今がその真相を知るときなのかも知れない。 「だよな。でもやっぱり知らないと。国民の祝日だぜ?休めなくても俺らは国民なんだ。知る必要があるだろ。」 今思えば寝不足のせいで俺の頭もどうかしていたのだろうが、そうだなと神妙な顔でうなずいた赤坂もきっと徹夜したに違いない。 「そうとなれば聞いてみようヘイ、」 俺の掛け声と共に鳴り響くチャイム。同時に扉を開いた先生に無理やりスマホの電源を落とされたことにより、シリは覚めない眠りについてしまった。 「おはよう諸君。夏休みは満喫できたかな?昨日までは堕落した幸せな生活を送っていただろうがそれも終わりだ。宿題はなんと言われようと今日集める。終わってない奴は居残りな。」 その言葉を聞くや否や志人の席から悲しきチンパンジーのような悲鳴が聞こえてきたが聞かなかったことにしてやろう。それより俺には知るべきことがある。 「先生今日って祝日ですよね。秋分の日って何の祝日なんですか?学校が休みじゃないことと何か関係があるんですか?」 俺が聞いたと同時に明らかに嫌そうな顔をした先生だが、生徒の疑問を解くのがあなたの仕事。きちんと答えてもらわないと、と思っていたら急に悲しそうな顔をし始めた。 「そうかお前らはこの祝日の意味を知らない世代なのか。これはきちんと話しておく必要があるな。」 すると神妙な面持ちをしながら先生は秋分の日ができた理由を話してくれた。 「これは戦争が始まる前の話だ。色んな地域でちらほら疎開が始まったころでな、夏休みを機に休校する学校が後を絶たなかったんだ。そのうち政府から夏休み後は休校にしろってお達しが来たんだけど疎開する前に、戦争が始まる前にもう一度学校に行きたいって声が多くてな。夏休みを一日短くすることになったんだ。これが秋分の日の始まりだ。だから休みじゃないんだよ。」 一気に教室の空気が悲しみで包まれたのを感じた。まさか秋分の日にこんな意味があったなんて。学校に通いたいのに通えないまま亡くなった人もいるのに俺はなんてことを。 「だから皆しっかり学んでしっかり遊べ。今日はそのための日だ。じゃあホームルームおわるぞ。」 そういうと先生は優しい笑顔で教室を出て行った。 「おはようございます。渡辺先生。」 「ああ、おはよう。あの手、今年も使う羽目になったよ。」 「またですか?」 呆れた顔で笑うのは隣のクラスの担任の桜井先生だ。 「だってこれが一番効くんだもん。全く、少し調べればわかるだろうに。秋分の日は祖先や亡くなった人をしのぶ日で、休日じゃないのは校長先生が日本の祝日を知らないだけさ。あぁー、俺も休みたかったよ。」
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