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<前編>
実弦兄ちゃん。幼い頃、私は彼をそう呼んでいた。年は、私と同い年。それなのに小さな頃から同世代の男の子たちよりずっと大人っぽくて、背が高くて、みんなの憧れの的だった。私との関係性は単純に、たまたま同じマンションに住んでいて、幼稚園と小学校も同じだったというだけのもの。
要するに、幼馴染、になるのだろうか。
小さな頃の私は同年代の女のコたちよりも小柄で、いつもガキ大将たちにいじめられたりからかわれていたりしたものである。私は小さいだけではなくとても弱虫だったので、悪口を言われたり叩かれたりするたびにビービーと泣くことしかできなかった。そんな私を、いつも助けてくれたのが実弦兄ちゃんだったわけである。
『お前ら、杏子をいじめるなーっ!!』
『うっわ、実弦が来た、メンドクセ!!』
実弦兄ちゃんは背は高かったけれど、細身で華奢な体格だった。でもとても足が強かったし、何より賢かった。幼稚園の頃も小学校の頃も、私が虐められているといつも飛んできて助けてくれたし、喧嘩で絶対負けなかった。彼が凄いのは、どんなに殴られてもけして泣かないこと。そして、耐え忍んで的確にカウンターを決めて相手をやっつけてしまうことだ。
まあ、そんなわけで実弦兄ちゃんは相手の少年たちを泣かせてしまうことも少なくなく、それで親が呼び出されてトラブルになったこともあったが。私は、そんな彼がとても誇らしくもあったのである。
実弦兄ちゃんは、私だけの兄ちゃんだ。
私が困っていたら確実に助けてくれるヒーローだ。私は彼にとって特別なお姫様なのだ、と。
いわば、驕っていたと言えばいいか。彼にとって私は妹のような存在だと知っていたけれど、それでも私以上に彼の近い場所にいる存在はないと信じていたのである。
彼の正義感の強さも優しさも、けして私だけに向けられるものではなかったというのに。
私以外にも、彼に助けてもらっている子供たちはたくさんいたというのに。
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