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2、タダヒトとマレヒト
翌日、ラズはわけもわからないままに布団をはがされた。
まだ夜も明けきらない早朝の時間帯である。
ラズは眠い目をこすりながら、同室のてきぱき布団を片付ける年代さまざまな子供たちの真似をする。
誰もが無言である。
これから何をするのか聞くのもはばかられてしまう。
「次は体を清めにいくのよ。これだけいるんだからみんなと同じことをしていたら目立たないわよ」
ラズの戸惑いを知ってか、誰かが耳元でささやいた。
誰が話しかけてくれたのか、周囲を見回しても子供たちは知らん顔である。
神殿の中には子供たち以外にも、大勢の神官や女官が朝の務めを始めていた。
体を清めるのは日課のようで、子供たちは慣れた様子で湯気を上げる浴室の板張りの上に胡坐をかいて座る。
朝から風呂に入る気分ではなかったが、とても言える雰囲気ではなかった。
汗が頭皮から噴き出した。
全身が蒸気の水滴と汗でだくだくになる。
最後に服の上から湯を浴びて汗を流した。
だくだくに濡れた服はそのまま脱いで籠に入れる。
用意されていた灰色の服に着替えて食堂へ連れ立っていく。
子供たちの先頭を歩くのは、白の服に、精緻な青い花模様を施した織の幅広ベルトを緩く結んだ年嵩の少年。
彼が子供たちのリーダーだった。
長い髪を耳の高さで後ろに一つにまとめて背中に流している。
手足が長く、背がすらりと高い。
こんなに細くてきれいな姿勢の若者を見たことがなかった。
適当にラズも列の中にはいって歩いた。
精霊に感謝する祈りをリーダーがつぶやき、子供たちも続く。
ラズも見よう見まねで手を合わせぶつぶつとつぶやいた。
固いパンと野菜スープの朝食だった。
食事を終えた途端に、子供たちの賑やかな朝が始まった。
つぼみが朝日を浴びて開いたような、鳥かごの入口が開かれたかのような、沈黙の行のタガが外され、隣や前の席の友人たちと話し出す。
口を開かないことがここでの終日の約束事かと思い始めていたラズは、その急激な変化にあっけにとられた。
子供たちは新入りのラズに群がったのである。
子供たちはラズが来たわけを知りたがる。
ラズに手を伸ばしてべたべたと頭や体に触れた。
理由を聞かれ、リリーのことを思い出した。
ラズは鼻をすすりあげた。
「母親が死んで売られて神殿に来たの?あんた、タダヒトかなあ?見た目はいいけど、マレヒトなところまではいかないんじゃないの?」
くるりと巻きあがるまつ毛の目元が目を引く、ラズよりも一つ年上のククル。
好奇心に目を輝かせながら、ラズの外見の美醜を品定めしている。
傷心のラズを慰めるつもりは欠片もないらしい。
それは他の子供たちも同様のようである。
「……タダヒト?」
「タダヒトっていうのは、徒人、只人、唯人、常人、なんでもいいよ。石を投げたらぶつかるようなそこいらじゅうにいるただの人ってことだよ」
ラズはわけがわからず小首をかしげた。
「タダヒトじゃなければ、ほかにどんな人がいるんだよ?それに外見がどうだっていうんだよ」
ラズを取り巻いた子供たちは固まり、信じられないというように互いの顔を見合わせた。
「あんた、常識を知らないなあ、ほんとにパリス国人かよ?何で神殿がこんなに豪奢だと思ってるんだよ。魔力を持つ神官や俺たちが、国や民を平らかにしているんだよ」
「魔力?ってなに?平らか?」
子供たちは今度はくすくすとあざけり笑う。
「そんなにものを知らないようなら、次の生贄に選ばれるのはあんただよ」
「生贄……?」
「おい、うそだろ?本当に知らないできたのかよ?」
ククルはあきれながらも説明してくれる。
他の子供たちも好き勝手に口をはさみ補足する。
ラズが理解したのはこうである。
この世界には空、風、火、水、土の精霊がいる。
その精霊のおかげで世界は成り立ち、人も動物も植物も生かされている。
「雨も?」
「雨もそうだ。水の精霊が天から水を降らせる」
「嵐は?」
「風と雨の精霊が暴走している」
「そんなもんなの?雲が雨を運んでくるのかと思った」
「すべての自然現象には、俺たちの理解を超えた精霊の力があるってことだよ。タダヒトは、自然現象の前で翻弄されなすすべなく頭を垂れることしかできないもののことをいう。稀に、精霊に働きかけ操れるものが出てくる。それがマレヒト。風空火水土の精霊に働きかける力が魔力で、魔力を持つ人は稀だからマレヒトという。ラズだっけ?わかった?」
ククルは瞬きながら、理解しているのかどうかラズの目をのぞき込んだ。
彼の目の奥に光が見えるような気がした。
「えっと、わかったけど……」
ラズはぐるりと周囲を見回した。
「でもやっぱりわからない。空風火水土の力を操れる人がいるとは思えないんだけど」
ラズがそういったそばから、小さなつむじ風が巻き起こり、ラズの肩までの黒髪を巻き上げた。
食堂の窓は閉まっている。窓を開けたものはいない。窓辺にも誰もいない。
「これが、風の力!」
そういったのは、鮮やかな金髪に琥珀色の目をした少女。
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