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泥棒
「騙された。」
私は大量の玉ねぎの皮をむきながら、呟いた。
「えっ?何か言った?美弥子。」
瑛介が鍋をかき混ぜなが聞き返す。
「騙された!」
今度はハッキリ、嫌味に聞こえるように言う。
「騙して無いよ。ちゃんと13時集合って、LINE、送っただろ。」
「だから、それが騙されたんじゃない。」
「だから、騙してないって。」
私は玉ねぎの皮を剥く手を止めて、瑛介に詰め寄った。
「じゃ、何でみんな来ないの?何で私だけ13時集合なの?何でアシスタントなの?」
笑いながら鍋を混ぜている、背の高い瑛介の横顔を睨むように見た。
「だって、みんなが来たんじゃ進まないだろ。あいつら手伝うどころか、勝手に始めて料理が出来る頃には酔い潰れるじゃん。」
そう。
今日は大学時代の仲間で集まって、結婚が決まった友達をお祝いする会を開く予定なのだ。
「ご飯泥棒製造者」という輝かしい異名を与えられている瑛介の、得意の手料理をみんなで囲みながら…のハズで。私は白米片手に美味しい瑛介の料理を食べるだけのつもりだったのに。
なのに、玉ねぎを大量に剥いている。
「私も出来上がったのを食べるだけの方が良かったのに。」
マイペースな瑛介に嫌味を言ったところで、響かない事は知っていて、心の中に溜まっていた不満をぶつけたら、ちょっとスッキリしたので、元の位置に戻って玉ねぎの皮を剥く。
「で、こんなに沢山の玉ねぎ、何に使うの?」
もう、5個目。ノルマは8個。
「煮込みハンバーグでしょ、オニオングラタンスープでしょ、後、アラカルトに少々。ってとこかな。皮むけたら、4個はみじんぎりで、残りはスライスでお願い。」
「みじん切り、4個?にスライス4個って、ここは店か?給食センターか?」
瑛介の指示にいちいちツッコミを入れながらも手は動かす。
何だかんだ言って、こうして集まれば、一瞬で学生時代に戻れる。
のんびり屋の瑛介と気の強い私は、漫才のボケとツッコミの様に何でか昔から気が合った。今も、瑛介のマイペースに巻き込まれながら、一緒に居ることに心地の良さを感じていた。
私は文句を言いつつも指示通り、剥いた玉ねぎをみじん切りにし始めた。
切る前から、薄々感づいてはいたが、1個目のみじん切りで、私の目には涙がこぼれんばかりに溜まった。
くそっつ。
まだ7個もあるのにこんな早々に泣いてしまっては、全部切り終わる頃には目が倍の大きさに腫れ上がる。
私は必死に涙を堪えながら、2個目に取り掛かる。
ポロリ。
ポロリ。
半分も切れていないのに、大粒の涙がこぼれ出して、それと一緒に鼻水も。
私はすすり泣くように、鼻水をすすりながら、キョロキョロとテッシュを探す。
「美弥子?」
テッシュを探す視線が、私の様子を伺う瑛介の視線とぶつかった。
「テッシュは?」
私は手の甲で涙を拭いながら、瑛介に助けを求める。
「玉ねぎ切った手を洗わないで、顔触ったらもっと染みるよ。」
瑛介は私の涙を大きな手で拭うと、まだこぼれてくる涙を見ていた。
「だから、ティッシュ。」
私は涙を流しながら、瑛介を見上げて訴える。
「ごめん。切らしてるわ。」
瑛介はそう言うと、涙が流れる私の頬にキスをした。
「えっ?」
一瞬、時間も思考も私自身も止まった。
「しょっぱ。涙って、ホントにしょっぱいよ。」
瑛介はそう囁いて、今度は私の唇にキスをした。
瑛介の唇の柔らかさは、固まっていた私の唇でも分かって、重ねた唇から伝う自分の涙は、本当にしょっぱかった。
その涙の味が、止まった私の色々を動かした。
「ちょ、ちょと待て。何で?」
キスを続けようとする瑛介を止めて、当たり前の質問をした。
「何でって、好きだから。」
「へっ?私の事?」
「そう、もうずっと。前から。」
「ずっと前から?」
私は瑛介の胸を押して自分から引きはがすと、見上げながら眉を寄せる。
「美弥子だってそうでしょ?」
「えっ?」
瑛介はせっかく引きはがしたのに、長い腕で私を抱きしめると、耳元で話した。
「だって、耳、真っ赤だし、心臓もこんなにドキドキしてるじゃん。」
そんなの、いきなりキスされて、好きだって言われたら、誰だってこんな風になるでしょ。
でも本当は、私のこの反応は瑛介が言った通り、瑛介が好きだから。
大学を卒業したら、一緒に居る時間が少なくなって、寂しいと思って、会いたいと思って、好きだと思った。
今日も、みんなより早く呼ばれたと分かった時、本当は嬉しかった。
だけど、ボケとツッコミの関係はそう簡単には変われない。
気持ちは同じで嬉しいけれど、私はまだ素直になれずに、いつもの調子で言ってしまった。
「そんなの、こんな事されたら誰だって、こうなるでしょ。」
「もう全く、美弥子は素直じゃないんだから。」
「はぁ?」
「美弥子の考えてることくらい、言わなくても分かるよ。だって俺たちいいコンビじゃん。」
「何その理由。」
「俺は、『ご飯泥棒生産者』だけど、美弥子は俺のハートを盗んだ『ハート泥棒』だね。」
瑛介の胸に抱きしめられながらも、思わず顔を見上げてツッコんだ。
「何その、寒い言葉。おまけに『上手い事言った』みたいなドヤ顔してるけど、全然上手くないからね。みんながいたらドン引きだよ。凍っちゃうよ。凍えたのが私一人で良かったよ。」
「大変。美弥子が凍死しないように温めなきゃ。じゃぁまずは唇から…」
「ちょ、ちょっと待って。何で瑛介はいつも勝手なの?私の気持ちは?」
「だって美弥子、ツッコミは食い気味だけど、恋愛はビックリするくらい奥手じゃん。現に、今日来た時に顔に書いてあった『会いたかった、大好き』って気持ちも、素直に言えないし。そんな美弥子の言葉を待ってたら、おじいちゃんになっちゃうよ。」
的を得た言葉に、珍しく返す言葉が出て来ず、口を堅く結んだ。でも、瑛介にやり込められるのは悔しくて、背伸びをして瑛介の唇にキスをした。
「言葉じゃ無くても伝えられるし。」
瑛介は満面の笑顔でまた私を強く抱きしめると、耳元で言った。
「美弥子、大好きだよ。」
私は瑛介の胸の中で頷いた。
「これで、俺も美弥子のハートを盗んだ『ハート泥棒』になれたね。」
「私は掴まえた。」
「え?何を?」
「私専用の『ご飯泥棒生産者』と『ハート泥棒』」
私は瑛介を見上げて、得意気に笑った。
「うわっ。今度は美弥子が俺を凍らすの?寒くて死んじゃう。早く温めて、まずは唇から。」
私達は笑い合いながら、凍えた体を温めるキスをした。
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