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「ところでお嬢さん。貴方のお気持ちは伝えなくていいのですか?」
「言わないわ。彼の夢を邪魔したくないもの」
「邪魔、ですか?」
「ええそうよ。だって……もしわたしがこの気持ちを伝えたら、優しい彼はきっと悩む。それが例えどんな答えであってもね。悩んで悩んで苦しくなって、絵に集中出来なくなる。人のことばっかり気にするのよあの人。ヘタレで心配性で、人一倍優しくて。昔からわたしが泣くと隣でずっと手を握っててくれるの。泣き止むまでずっとよ? どれだけ時間がかかっても、ずっと」
彼女はそっと俯いた。
「……だからね、明日は笑って送り出さなきゃいけないの。だってわたしが泣いたら彼、泣き止むまで側にいてくれるに決まってるもの。そしたらいつまでたっても出発できないでしょう? だから今のうちにたくさん泣いておくの。明日笑って送り出せるように。彼がまっすぐ自分の夢を追えるように。それにほら、好きな人には泣き顔より、笑った顔を覚えておいてほしいじゃない?」
そう言って顔を上げる。笑おうと必死に細めた目から、再び涙がこぼれ落ちた。
「ちょっと失礼」
「え?」
怪盗の白くて細長い指が、彼女の目元にすっと伸びる。同時に、心地良いテノール声が耳に響いた。
「貴方の心は、何色でしょうね?」
微笑みながら人差し指で彼女の涙をすくうと、いつの間に用意していたのか小さなガラス瓶に一雫の涙を入れた。コルクでしっかり栓をすると、そのまま月明かりに照らす。トントンと指でガラス瓶を叩くと、瓶の中で涙が眩い光を放った。
「きゃあっ!?」
「ほぅ! これはまた美しいものが出ましたねぇ! これは……ああ、秘色色ですか」
「ひそく?」
聞きなじみのない色に小さく首を傾げると、怪盗が説明を始めた。
「中国の青磁器の色が由来の日本の伝統的な色ですよ。ああ…… さすが青磁の最高級品の色と言われているだけありますねぇ。実に美しい。ほら、見てごらんなさい」
怪盗は恍惚な表情を浮かべながら語ると、ガラス瓶を彼女の前に差し出した。
「……きれい」
彼女の口から思わず言葉が漏れる。たった今涙の雫を入れたガラス瓶の中には、薄い青緑色をした小さな石が入っていた。それはキラキラと、儚くも美しい輝きを放っている。
「ああ、この秘色色には悲しみの中にも深い愛情を感じる。そして覚悟、決意、希望の感情も伺えますねぇ。う〜ん、やはり誰かを想って流す涙は美しい。実に見事な出来栄えです」
「あの……これは一体……?」
中の涙はどこに行ったのだろう。そして、この石はどこから来たの? 困惑気味の彼女に気付いた怪盗は、優しく微笑みながら言った。
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