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「これはね、貴方の心ですよ」
「え?」
「正確に言えば心の中にあった悲しみという感情の一部、ですかね。この宝石は、貴方の気持ちが形になったものですから」
「わたしの……気持ち?」
「ええ。これは彼を想う貴方の気持ちそのものなのです。彼のことを考え、恋心を諦めようとしているあなたの感情」
彼女はパチパチと瞬きを繰り返す。
「で、でも……どうしてわたしの涙が宝石になったの?」
「ふふっ。信じられないかもしれませんが……私にはね。人の感情を宝石に変える不思議な力があるのです。涙は心と直結してますから具現化するのが楽で助かります」
「感情を宝石に?」
「ええ。私は知りたいのです。人はどんな時、心にどんな感情を抱くのか。その時、人はどんな表情をしているのか。……ああ、人の感情全てを奪うのは申し訳ないですから、その一部を頂くに留めているんですけどね? その辺はちゃんと弁えているのですよ、私」
「……は、はぁ」
「皆さんの大切な想いを形にして、集めて、飾っておく。心の価値は普通の宝石以上なのです。ふふっ、この心の宝石はね、主の感情によって出てくる色が違うんですよ? 一つとして同じ感情は存在しないのですから、集め甲斐がありますよね」
にっこりと満面の笑みを浮かべる怪盗とは逆に、彼女は困ったように口を開いた。
「その……随分と変わった趣味なのね」
「ええ、よく言われます。そうそう。収集していて気付いたんですが、どうやら人々が最も嫌う感情は〝悲しみ〟のようですね。特に涙はその象徴。う〜ん残念です……悲しみも素敵な感情なのに」
怪盗はガラスの瓶を小さく揺らした。
「だってほら、彼を想う貴方の気持ちはこんなにも美しいのです。涙として消えていくだけだなんてもったいない。そうは思いませんか?」
「……そう、かもしれないわね」
自分の気持ちそのものだと言われた秘色色の宝石をしっかりと見つめる。
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